今回はむずかしい選考となりました。
というのも候補作三本、どれもまったく異なるタイプで、しかも抱えている課題がそれぞれバラバラというものでして。
さて、講評に何と書いたものかと頭を悩ませました。
毎度のことながら、スタンダードな講評は山形さんにおまかせすることにして。
今回は小説教室ならぬ、『プロの小説家になる教室』の先生モードであれこれ語ってみたいと思います。
- 異世界除霊師
- 本作は『よいところ』がはっきりしていて、ずばり『器用さ』です。
技巧的と言えるほどには突出してないのですが、器用にそつなく仕上がっております。
異世界転生、ゲーム世界風ゆるファンタジー、使えないスキルが実は展開、パーティー追い出されたけど見返しリベンジ、たくさんの女子にモテモテ等、現在の業界(というか投稿サイト?)でトレンドとされる要素をもりもりそつなく盛っています。
しかし『では本作の個性は?』と訊かれると、ちょっと困る作品です。
筋力・知力・魅力・すばやさといった『器用さ』以外のステータスがイマイチ見えてこないからです。
ある種、器用さ以外の課題にしっかり取り組むことを避けた印象もあります。
たとえば先生、こんなことを読みながら思いました。
『これほどの確率でアンデッド系モンスターとエンカウントする世界なら、除霊師はむしろゴールド職業では?』『なのに住人のほとんどが霊の実在を信じてないのはなぜ?』『これ、序盤で幽霊が存在しなかった世界にそういうものが大量に甦るイベント起こして、そこで主人公と女勇者を遭遇させれば解決では?』『それか女勇者が霊を呼ぶ霊媒体質ということにしちゃうとか』。
一時間ほどしか作品と接してない先生でも、こういう案が出ちゃうわけで。
とはいえ、器用さファーストで成立させた作品ながら、最終選考に登ってくるほどに仕上がっているというのは、面白い点だと思います。
あとは作者の選択次第。
器用さに全振りするのではなく、ほかの能力値もしっかり見せていくのか。
速筆・意外性などのスキルも獲得しつつ、トレンドをひたすら追いかけた作品の大量生産・多売スタイルで職業小説家としての収入確保を狙うのか。
どちらもプロをめざすなら『正解』の道ですよ。 - 旅するツバサ
- とてもまじめに、丁寧に書かれた作品です。
テーマの選定、キャラの描写、しっかりとした地の文、描かれるドラマ、どれもまじめかつ丁寧に書かれています。
作者の『小説を書く』スキルも十分なもので、とても読みやすい。
(実は、商業作家ならざるアマチュアの書いた小説では、読み進めるのが困難なレベルで文章がととのってない事例も多いのです。いや、ここだけの話、プロでもたまにあやしい人はいるのですが……)。
プロットの構築についても破綻はなく、欠点らしい欠点はないとまで言えます。
技術的に、まったく問題ない水準までとどいている作品です。
なので先生、作者にこう言いたいです。
「もう次のステップへ進んでも大丈夫。プロとアマの境目を越えて、小説でお金をいただく人になりましょう!」
まじめさと丁寧さが長所の作品ですが、そのベクトルが内向きと言いましょうか。
作者が書きたいテーマをひたすら追求した印象で、
『この小説で不特定多数の人たちや特定ジャンルの愛好者を楽しませたい!』
『この小説をみんなに買ってもらいたい!』
『編集部の人たちに認めてもらって、ぜひ出版して欲しい!』
など、外に向けたモチベーションをあまり感じなかったのですね。
自分の作品を書籍にしてくれる編集部や出版社の特徴、それを読むであろう読者層、マニア向けか一般向けか、等々のことを念頭に置きつつプロ作家は企画を練り、プロットを創り、文章を綴っていきます。
目標がプロになることであるなら、避けては通れないプロセスです。
地力はついている作者だと思うので、そういう視点を意識してみて欲しいですね。 - 占術クラブ活動報告(抄)
- 冒頭の数行を読んだだけで、先生わかりました。
「あ。これ、『書ける人』の文章だ」と。
小説を書くことは誰にでもできます。しかし、『技術的にもアイデア的にもある一定以上のレベルに達した小説を書ける人』はなかなかおりません。そして本作は、そのレベルにひょいっと到達しております。
飄々とした文章には個性と味があり、描くキャラにも生きた個性がある。
TPOに応じて書きすぎない、『抜く』ことの大切さもばっちりわかっていて、軽妙な会話劇がまあ達者にリピートします(これ、最終選考レベルの応募作でもできていない/そもそも理解していない作品が多いのですよ)。
描かれるネタの数々も、かなり先生好みでした。
そして、そのことが最大の問題点です(苦笑)。
先生のような『妖怪オカルト民俗学クトゥルフ全部イケるし知り合いの拝み屋さんとたまにスサノオウさまの話を……』な物好きだけでなく、もっと広範囲の読者層を意識して、アイデアを練ってください! ここまで書けるんだから(笑)!
まあ細部までつついていくと、ここが雑だなと感じる点も多少ありますが。
クオリティ的には相当なものです。
なので作者には、自分の個性と資質を活かしつつも『商業出版社から刊行される商品たりうる小説』のアイデアを考えてみて欲しいですね。
どういうジャンル・傾向の編集部から本を出してもらうかの戦略も。
(こちらは業界にくわしい友人知人・編集者の知恵を借りることでも解決します)
とにかく才能と筆力はまちがいないので、あとはそれをどう活かすかだと思いました。
今回は連作短編形式の作品が争うことになりました。どの作品も作者独自の長所や美点、個性が伺えるものでありました。三作ともにさらに磨いて光らせることのできる作品であると考えております。素晴らしい才能の原石を発掘する一助となれたことをうれしく思い、今回の選考に携わることができたことを光栄と感じております。
- 異世界除霊師
- ストーリーがテンポよく進み、読者を飽きさせないつくりになっています。作中の展開を現実世界の有名な映画とリンクさせるというアイデアも挑戦的だと感じました。またサスペンスシーンの描写が巧みです。
惜しい点としては登場人物の描写が表面的に感じられ、キャラクターの魅力があまり引き出せていないこと。ストーリー展開が既存作品の影響を強く受けすぎているように見える点があります。異世界と心霊というアイデア自体は面白いので、そこをより生かす形で独自性を出していければ、と感じました。 - 旅するツバサ
- 父娘の絆を丁寧に描いた秀作です。登場人物には好感が持て、文体も読みやすく、最初から最後まで心地よく読み進めることができた作品でした。
“沼”や“死”についての描写は特に美しく、この作品の白眉であると思います。
惜しい点としては世界設定についての掘り下げがやや足りず、作品全体の印象がぼやけていること。控えめな展開が魅力的ではあるものの、どこか物語としてのインパクトに欠けることが挙げられます。 - 占術クラブ活動報告(抄)
- ゆるさと緊張感のバランスが絶妙な、独特な雰囲気を持った作品です。
オカルトや占術に関する描写からは作者の深い知見と熱意が伺え、全編通じて興味深く読むことができました。特に四話の展開は非常に驚かせていただきました。
また作中に登場する怪異の表現も秀逸です。ゆるい空気感と怪異のおぞましさの対比が絶妙で、ショッキングなシーンや大げさな演出なしに独特の不気味さを醸し出しています。登場人物のひょうひょうとした様子も魅力的です。
惜しい点としては全体的に文章が冗長にすぎ、読んでいてもどかしさを感じたこと。第四話以外のエピソードでは事件発生から解決までがやや波乱に乏しい点が挙げられます。