第9回集英社ライトノベル新人賞最終選考審査員 講評

丈月 城 先生

今回の新人賞選考、候補作は三本。
 興味深く読ませていただきました。総評としては「どの作品もなかなかよかった。次回作もしくは応募作の大胆なリライトに期待したい!」なのですが。
 そう思わせる要因がそれぞれバラバラ。
 紳士的かつ愛に満ちたコメントは審査員の相方・山形さんにおまかせできるので、今回も僕は技術面の指摘、プラス『職業小説家をめざすにあたって、気をつけて欲しいポイント』を書いてみたいと思います。
 ネットの投稿サイト経由でデビューも可能になった昨今。
 逆にそんな時代だからこそ、出版社主催の新人賞には『新人を育成できる』『受賞者は業界のプロからアドバイス・指導を受けられ、かつ予算をかけてプロモーションしてもらえる』というアドバンテージがあると思いますので……。
(あと最近は『仲介料』なんてワードもちらほら――おっと多くは語りますまい)

第9回前期入選 「武人外剣虎」
 冒頭の二行を読んだだけで、もうニヤニヤさせられました。
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「お助けくださいませ、お侍様!」
 足を縺れさすように駆け寄ってきた女が、悲痛な声を上げて男へと取り縋る。
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 わかる人には、一読しただけで察しがつくでしょう。
『ああ、クラシカルな剣豪小説を書きたいのね』『最近の流行とか売れ筋なんて端から気にするつもりないのね』と。セリフ、文体、漢字のセレクトから、そういう意志が如実に読み取れてしまうのです。
 いいぞ、もっとやれと僕のようなひねくれ者は思います。
 こういうアプローチには賛否両論ありましょうが、僕は『賛』なので、気持ちよく読みすすめるわけですが――
 最初のニヤニヤがだんだん「おやおや」になっていきました。
 文章力が非常に高い。作風にふさわしい文体とワードを散りばめたテキストは、好みはあるでしょうが最後まで高水準を維持します。
 が、コンセプトとプロットの構築に失敗しているのも事実なのです。
『これは長編小説じゃなくて、長編の第一章だねえ。本筋が進まなすぎ』
『剣豪vs剣豪の真剣勝負と濃いいキャラ描写にこだわりすぎて、ファンタジー要素が意味ないなあ』
 ぶっちゃけ、魔法の剣や異種族などのファンタジー設定が――ラノベというフィールドに寄せるつもりで導入したのでしょうが――むしろ不純物。アリバイ工作程度に取り入れるくらいなら、切り捨てるべきでした。
 逆に、とりくむなら本腰入れて独自の和風ファンタジーを描いて欲しかった。
 トレンド無視の古風な文体で暴力描写が繰りかえされる割に、物語自体はむしろ無難であり、先行作品フォロワーの域を出ていません。
 このスタイルで世に出ようと思うなら、求められるのは唯一無二の個性。
 型は上手いけど真剣勝負に弱い剣士となるか。型破りで天衣無縫の剣豪になれるか。ここが分水嶺になりますぞ。
第9回後期入選 「激情版視覚型恋愛錯誤」
 作者は非常にセンスがいいです。
 長編小説一冊分のストーリーを山あり谷ありで形作るセンスがある。
『盛りあがって欲しいところで盛りあがる。新展開が欲しいところで物語を広げる』。そこがばっちりできていて、ぐいぐい読み進められる。その点について、今回の応募作では文句なしに一番でした。すばらしい。
 しかし反面、作者の"若さ"が目立つところも。
 まず文体のセレクト。この作品に最適とは言いがたい。特に序盤の文体が空回りしている(途中からはだいぶこなれてきますが)。二一世紀にデビューをめざす若手作家としては、ジェンダー意識がいささか古いところも気になりました。
 そして、何より物語のボリューム。
 用意したコンセプトとキャラ数に対して、エピソードの量が絶対的に足りていない。
 読む人によっては手抜きと捉えてもおかしくないでしょう。先ほど『ぐいぐい読める』と書きましたが、裏返すと『単純に全体の分量がすくないから、すぐに読み終えた』という面も大きいです。
 演劇部の女子三名、もっと各々のキャラを立てて欲しかった。
 あと結末の描き方。
 こういうチャレンジをする遊び心、個人的には大好きなのですが。
 が、こいつは東野圭吾さんクラスの実力者&ビッグネームでさえ賛否両論を呼ぶ劇薬なので、新人賞の投稿作品に使うのは戦略ミスだと言えましょう。特に本作の場合、主人公の決意と選択をしっかり描く方が作品コンセプトにも合っているわけですし。
 かように、光る部分と未熟さがはっきりしている作品です。
 よりアップデートさせた形で世に出して欲しいと思いましたね。
第9回後期入選 「メイドとお嬢様の足跡」
 作者の『こういう小説が書きたい!』というヴィジョンが伝わってくる作品です。
 詩情を感じさせる風景。皮肉と風刺を利かせた社会描写。人とモンスターの危険に満ちた世界を旅する美少女ふたり。頼れるものはお互い同士と銃のみ。少女たちは固い絆(肉体関係ふくむ)で結ばれ、想い合っている――。
 が、が、が。
 残念ながら、描きたいものが十分に書けていない。
 文章力、世界観を構築するための考察や資料集め、テンポよくストーリーを進める感覚などが、もう二、三歩ずつ足りていないのです。この種の物語は書き手にテクニックと知識、さらに叙情的な感性など、オールラウンドな能力を求めてくる高難度の課題なのですよ。
 しかし、高い理想を掲げる姿勢には好感が持てます。
 またチャレンジして欲しいですね。描きたいイメージをしっかり具体化できれば、必ず評価はついてくるでしょう。
 あ、あと評価したい点がひとつ。
 若いクリエイターが無意識に軽視しがちな『生活に支障を来すほどの障害をかかえたキャラクターの日常描写』をしっかり、緻密に行っていた点です。作中にこういった人物を出すのであれば、やはり書く側にも相応の意識を持って欲しいですからね。

山形石雄 先生

今回候補となった三作は、個性派ぞろいでした。ジャンル、文体、面白さの方向性と、どこにも似通った部分がありません。それでいて作品から伝わってくる創作への熱意、物語に向き合う真摯さは甲乙つけがたく、この三つにどう順位をつけろというのか、と頭を抱えました。
素晴らしい三作品の選考に携われたことを光栄に思います。

第9回前期入選 「武人外剣虎」
今時珍しい硬派な文体の作品です。しかし読みにくさは全くなく、作者が読み手としっかり向き合っていることがわかります。戦闘シーンの迫力も素晴らしく、描写の具体性と緻密さが、内容を単調にしていません。戦いの場面以外でも、序盤から終盤まで絶えず緊張感のある内容で、ページを進める手をとめられなくなりました。キャラクターが作中でぶれるような姿を見せず、芯を貫き通している点にも好感が持てます。
惜しい点としては、文章に先達の作品の影響を受けすぎている点、展開がやや平坦で波乱が足りない点があります。これからもっと経験を積み、河鍋さん自身の作品作りを追求してくれることを願います。
第9回後期入選 「激情版視覚型恋愛錯誤」
モテ期という題材がとても面白いと思います。序盤はやや首をかしげていたのですが、中盤から面白くなっていき、後半になるとどっぷりと引き込まれていました。
とりわけ主人公の成長の描写が素晴らしいと思います。当初は全く好感を抱けなかった主人公が、少しずつ感情移入できるキャラクターになっていき、後半になると自然と応援するようになっています。
気になる点としては、序盤が「モテ期」についての説明と、後半に向けての伏線づくりに終始しているように見えることです。前半部分にさらに一工夫あれば、作品がよりよくなるのではないかと思います。
第9回後期入選 「メイドとお嬢様の足跡」
丁寧で繊細な情景描写は、作者のこだわりを感じさせます。穏やかな展開の中に不穏さをただよわせる、空気感の作り方も見事と思います。
主人公二人の関係性を、あせらずじっくりゆっくりと掘り下げたことで、読み進めるほどに思い入れが深まっていき、ほかにない独特の魅力を生んでいると感じます。
少々残念な点としては、序盤の描き方がやや唐突で、この先の展開を期待させる要素が薄いことが挙げられます。この作品を初めて読む読者の感じ方を意識することが、向上につながるのではないかと愚考します。

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