HOME > リレーエッセイ > 第61回 小説なんて大嫌いだった小学生の頃の僕は... 藍上 陸
リレーエッセイ
『私が初めて書いた小説』をテーマにテレフォンショッキング形式で連載。 リレーエッセイ
第61回 小説なんて大嫌いだった小学生の頃の僕はでもなぜか小説を書いてしまってそれを褒められて机の下で丸まって震えていた不憫な子で普段は放屁をして暴れていたのだった。
イラスト この世で嫌いなものを挙げろと言われれば小説と勉強と答えていた。義務教育の頃の話である。漫画の敵だと思っていたからだ。セットにしていることからもわかる通りその時代の私にとって小説と勉強は同じ類だった。あんなもの好きこのんで読んでいるやつはどうかしてるんじゃないか、大人にいいように操られているのだと考え唾棄した。娯楽とはすなわち漫画でありそれ以外は認めていなかったのだ。子供時代の純粋な気持ちには嘘をつけないから正直に書く。ちなみにどうしてこんなエラそうな文体なのかというと私の知っているコラムニストやエッセイストは大抵エラそうに書いているから、エラくなくとも試しにそれを真似しているのである。若干尻の据わりが悪く、むず痒い。それで思いだしたが小学生の頃の私はよく放屁などをして暴れていた。たとえば給食に出た大学芋が、五時限目あたりになって胃腸の中で具合良く膨らみ、催してきたとする。私は授業中でも関係なしに突と席を立って遠慮なく鳴らすのが常だった。そして「ラッパだ、どこかでラッパが鳴ったぞ」と大声で叫ぶのだ。後ろの席のA君も心得たもので臭いに顔をしかめながらも「ラッパの口を塞ぐぞ」と負けずに叫びながら両の手を合わせてピストルにし私の肛門に浣腸をしてくるのである。そんな阿呆で小説嫌いな私が十年後に小説家になるなど当時だれが予想し得ただろう。しかし初めて小説らしきものを書いたのは実はその小学生時代のことなのである。六年生のときに国語の授業で物語を書けという課題が出た。私は書いた。それがクラス代表に選ばれ、先生の手によってクラスメイトの前で朗読されてしまったのだ。原稿用紙にして四枚程度の短いものだ。二人の少年と麦わら帽子が出てくる話だった。少年のうちの一人は当時見ていたドラマの影響で『千石』と名付けた。なにやら麦わら帽子を使ってタイムスリップをしていた気がする。それ以外の内容はあまり覚えていない。教師に朗読されている間中、私は恥ずかしくて防災訓練のように机の下に丸まって耳を塞いで震えていた。しかし同時にほのかに自尊心がくすぐられてもいた。小説なら書けるのだと知った。教室にあった国語辞典を休み時間などにめくって『ちんちんかもかも』などの単語を調べて一人喜んでいたのが功を奏したのかもしれない。思えば不憫な子だった。どうオチをつけたらいいかわからないのでこれで擱筆することにするが、最後に来月のエッセイをお願いする方を紹介する。「紳士なのは17時までだ」という言葉がもっともよく似合う、電撃文庫の夏海公司さん、よろしくお願いします。

藍上 陸(らんじょう りく)
1985年群馬生まれ群馬育ち。
『Beurre・Noisette』で第五回スーパーダッシュ小説新人賞佳作を受賞し、デビュー。
現在、『アキカン!』シリーズを刊行中。
近ごろは群馬を飛び出し日暮里周辺によく出没する。
(c) SHUEISHA Inc. All rights reserved. 無断転載禁止
(C)袴田めら/集英社

このページのトップへ