『ストレイキャッツにおけるアルバイトの心得』
 それは、迷い猫同好会に新しく入った、十和野心の一言から始まった。
「あ、あたし、このお店でバイトしたいんですけど……」
 ちなみに、この発言を聞いたのは俺、家康、梅ノ森の三人だった。
 なぜかというと、このメンバーで昨夜の深夜アニメの録画を鑑賞していたからだ。
図書館の司書が超能力者という設定のアニメで、もう最終回も近く続きが気になって仕方ない俺が、店の休憩時間に――まあ、休憩も何も今日はヒマでお客もいないのだが――家康が持ってきたDVDを見ようとしたところ、当然のごとく梅ノ森がついてきて一緒に見ると言い、なんとなく放課後の迷い猫同好会部室から洋菓子専門店ストレイキャッツについてきていた十和野が同行する流れで一緒にいる状況だ。
 アニメに興味がない文乃は不機嫌そうな顔でレジ横に椅子をだして文庫本を読み、希はのんきそうに猫と戯れながら洗濯物を畳んでいる、そんなまったりした夕方だった。
「だ、だめ、ですか……? せ、せっかく制服も貰ったし……。あ、バ、バイト代は安くていいですから! 見習いでも!」
 いやいや、心配しなくてもウチのバイト代は間違いなくその辺のファーストフードにも劣るから。それに、オーナーの弟である俺自体が未だに見習いみたいなもんだし。
「うーん。気持ちは嬉しいんだけどなあ」
 腕組みして唸る俺、都築巧としては悩むところだ。
 正直、これだけヒマな店である以上、人手は足りている。
 でも実際の所、梅ノ森が作った迷い猫同好会ではウチの店は第二部室と呼ばれているくらい、部員全員がここに入り浸っている。
 家康や大吾郎は手伝うというよりは遊んでいるだけなので気にならないが、十和野は店に来ると率先して手伝ってくれるので、確かにバイト代を払った方がいい気がする。
「こらー、心、無理言っちゃダメよ。この店はあんまり儲かってないの。はっきり言えばこれ以上バイトを増やすのはキビしいわね。経営的に言って」
 正論を吐くのは、梅ノ森だ。
 大財閥の後継者たる彼女は、経営的な部分では一家言を持っているのだ。
「そ、そうですか……」
「なーなー、それってさ、むしろ会長がバイト辞めればいいんじゃね? だいたい、漫画にしか出てこないような大富豪の孫娘って便利設定を備える我が同好会会長にはアルバイトの必要ないじゃん。そんな時間があったら、俺と一緒に過去二十年分くらいのアニメ全話DVDを買って片っ端から見るってのはどうよ? 高校生活の余暇くらい完璧に消費できる妙案だと思うんだが。もちろん、俺も一緒に見ます」
「却下。だいたい、あたし見てないだけで全部持ってるし」
「だーっ、なんてもったいない! てか、やっぱバイト代なんかいらないじゃん!」
 梅ノ森に絡んでいるのは家康だ。
 まあ、ウチの店が払えるバイト代がたかが知れているのは事実だけどな。
 梅ノ森はそのお金で家族にプレゼントを買ったりと、『自分で稼いだお金』は別だと思ってるみたいなので大富豪であることとバイト代がいらないってのは無関係だと思う。
「やっぱり、ダメですか……」
 しゅん、としてしまう十和野。
 ちょっと罪悪感あるなあ。自分からこういうことを言ってくれるようになったのに。
「んー、困ったわ。希、どう思う?」
 問題を持て余した梅ノ森が助けを求める。
「……にゃあ。どうしよう」
 希は、猫と一緒に首をかしげた。
 見上げるように俺を見る視線が痛い。
 オーナーである姉さんがいない間は俺がオーナー代理ということになってる。
 つまり、この件は俺が決めるべきことなのだが……
「文乃、どう思う?」
 答えに詰まった時、人は誰かに頼りたくなる。
 最古参アルバイトである文乃は、こういう時に頼りになると思うのだ。
「そんなのあたしに聞かないでよ」
 冷たい言葉と裏腹に、真面目に考える表情になる。
 もちろん、みんな内心としては雇ってあげたいと思ってくれているのだ。
 でも、まあ、その、なんだ。
 悲しいね、貧乏って。
「あ、あの! 言ってみただけなんです! そ、そんなに……困らせるつもりは……」
 空気を読んでしまうツインテールの少女に、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 うーん。何かいい手はないもんかな……
 その時、喫茶スペースで黙って日本茶を啜っていた大吾郎が口を開いた。
「十和野、まずはこの店でお前にしかできないことを見つければいいのではないか? すなわち、給与に見合う働きができるのであれば雇うことも出来よう」
 おお、すごい正論。
「あ、あたしにできることなんて……別にないですよ」
 余計にうつむいてしまう十和野。
 長いツインテールがふるふると寂しそうに揺れている。
「……にゃあ。心、絵が上手い」
「そうよ! なにか絵を生かせばいいのよ! そんで売上が増えるようなヤツ!」
「簡単に言わないの! 希が来て、ケーキの味があがってもなかなかお客さんは増えないんだから。十和野さんにそんなこと押し付けちゃかわいそうでしょ!」
 そういいながら真剣に考える我が狼少女は、なにか閃いたように店の前に出た。
「これ、描いてみたら? うまくいかないかも知れないけど」
 持ってきたのは、店の前にいつも出している黒板だ。
 毎日、その日のメニューなんかを手書きしていて、基本は姉さんの仕事なんだけど、今日みたいに姉さんのいない日は俺か希が書いている。
 姉さんはちょっとしたイラストを描くこともあるけど、俺はそういうのはダメで、希は絵は上手いんだけど真面目なので結構、そっけない看板になっていた。
「い、一発で描くのは、あんまり自信ないんですけど……」
 黒板にチョークを渡されて、十和野は困った顔をした。
 やっぱり、自分に自信がないのかなぁ。
 なんだか微笑ましい。
 でも、ここは励ましてあげないと。
 俺は一計を案じた。
「そうそう、十和野、うちの店でアルバイトをする心得を教えるよ」
「え? 巧先輩……そんなの、あるんですか?」
 十和野はびっくりした顔をした。
「ああ、もちろん」
「なによ、そんなの聞いた事ないわよ。バカじゃないの? 十和野さんに無理いったら承知しないわよ!?」
 文乃が十和野をかばうように仁王立ちだ。
 文乃語の翻訳としては「無理やり描かせるのはよくない」というところかな。
「ま、待ってください。芹沢先輩。聞きたいです」
 十和野は決意の表情だ。
「あたし……芹沢先輩や、梅ノ森先輩、霧谷先輩みたいになりたいです……巧先輩の役に立ちたいし……」
「じゃあ、教えるよ」
 ぽん、と十和野の肩に手をおく。
 緊張して身を固くする十和野と目があう。
「いい? ストレイキャッツは、自分の家だと思うこと。いつも家でしているように気楽にしてくれたらいいんだ。ここは、乙女姉さんと俺と、希の家だけど、文乃にとっては子供の頃からずっと通っている場所で、梅ノ森の迷い猫同好会の第二部室なんだ。大事なのは……誰かの顔色を伺うんじゃなくて、普通に、自分に出来ることをしてくれることだと思う。だって、ほら、ここにいるのはみんな……家族みたいな仲間たちなんだから」
 そういいながら、俺は決心していた。
 バイトしてもらおう、と。
 だって、十和野はもう、俺たちの仲間なんだし。
「だから、誰も『こうしろ』っていったりしない。だけど、みんなが手伝ってくれてこの店はなんとか維持できてるんだ。十和野も、一緒に頑張ってくれるなら、うれしいな」
 ツインテールの少女の肩から……ふっ、と力が抜ける。
 言葉が、届いたみたいだった。
「……わかり、ました。私、絵を描きます。巧先ぱ……ううん、ストレイキャッツの為に描いてみます」
 そういうと、十和野は頬を染めて、にっこりと微笑んだ。
 うん、良かった……
 これでみんなも納得してくれたに違いない。
 俺はそう思ってみんなを見回した。
 ……あれ?
 なんか、文乃達がいまひとつ不機嫌そうですよ?
「オレさー、思うんだけど、やっぱフラグ管理はきちんとした方がよくね? 攻略チャートとかつけないと、ほら、巧は自分の体質理解したほうがいいって」
 なにがいいたいんだ、家康。
 ものすごく呆れたような顔してるのはなぜ?
「え、えっと……文乃?」
「なによ。オーナーの弟としていい決断をしたと思うわよ」
 あ、なぜか怒ってる。
「……にゃあ。胸がざわざわする」
 希が、俺に聞こえないように何かつぶやいた。
「んーーーーー、ま、まあ、結論は正しいっちゃ正しいけどさ。なんか、釈然としないわ……」
 梅ノ森も不機嫌そうにふわふわの金髪をボリボリとかいた。
 あ、あの、ちょっと? 俺としては結構頑張った感じの……
「な、なあ、みんな……わっ!」
「きゃあっ!」
 うろたえた俺がみんなの方に向き直ろうとして……それがいけなかった。
 俺は、足がもつれて転びかけ……
 あろうことか、十和野の胸にぽすん、と顔を埋めてしまったのだ。
「わっ! ご、ごめんっっっ!」
 柔らかい感触……意外にたっぷりとして……
 などと、思うヒマなどあるはずもない。
一秒にも満たない接触時間で、俺は大慌てで身を離す。
「う、うううう……だ、大丈夫ですけど……」
 それでも十和野は、顔を真っ赤にして、両手で胸を抑えていた。
 目に涙が溜まっている。
 そして。
 当然のごとく、周囲三方向から怒りのオーラが。
「……にゃあ。ひどい」
「制裁が必要ね」
 希と梅ノ森が、両脇から俺が逃げられないように立つ。
「い、いや。わかってると思うけど、わ、わざとじゃ……」
 虚しい言い訳を無視して、怒りの笑顔を浮かべた文乃が背中に十和野をかばうように立つ。
「十和野さん、バイトとして歓迎するわ」
 文乃は、ボキボキと指を鳴らす。
「それから、ストレイキャッツのアルバイトとして一番大切な心得を教えてあげる」
「え……?」
 十和野の目が大きく見開かれる。
 次の瞬間。
「巧が失敗したら……こうするのよ。二回死ねっっっっっ! このスケベーっっ!!」
「うむ。見事な旋風脚。今日もキレている」
 文乃の旋風脚に大吾郎の解説付きで、俺は店の外まで蹴り出されたのだった。

 こうして、十和野はストレイキャッツのバイトに加わった。 
 乙女姉さんは大喜び。
 以来、店の黒板には素敵なイラストが入ることになった。
 そして十和野の看板で、店の売上も少しだけど確実に増えたのだった。