『キ、タ。ハ、ハサ、メ!』
 一列に並んでいた凶魔が、一斉に先頭のゴルドフに襲いかかる。
 焦りすぎだぜ、とアドレットは思った。これでは左右からはさんでくれと言っているようなものだ。この凶魔は、前に蹴散らした連中とはわけが違う。人語を理解し、ある程度の作戦を立てる知能もある。かなりの年を生きた成体の凶魔だ。
 ゴルドフが左右から襲いかかる凶魔を蹴散らす。ナッシェタニアがゴルドフの背中を守りながら、倒れた凶魔にとどめを指していく。アドレットやフレミーも、前後左右から凶魔に襲われる。アドレットは背中の鉄箱を投げ捨てて応戦する。
戦いは混戦になった。これでは包囲を突破して神殿に向かうのは不可能だ。
「アドレットさん。神殿に向かってください。ここはわたしたちが引き受けます!」
 ナッシェタニアが狼の凶魔の攻撃を防ぎながら言った。
「ああそうだな。やっぱりピンチを切り抜けるのは俺の役目か!おいフレミー、ゴルドフ、よく見てな。地上最強の男は俺だ!」
「そういうのは良いですから早く!」
 アドレットは少しいらだった。別にふざけているわけではなく、喋りながら打開策を考えているのだが。
「ナッシェタニア、ゴルドフ、フレミー!神殿の方向を全力で攻撃にしろ!」
 ナッシェタニアとゴルドフが頷く。フレミーは無表情だが、一応了承したようだ。
ゴルドフが槍の突きで、一体の凶魔を吹き飛ばした。その背後にいた凶魔が、ナッシェタニアの刃に貫かれる。アドレットの前にいた凶魔がフレミーの銃弾で撃ち抜かれる。
「完璧だぜ!」
「………全員、六花の紋章を見せてくれ」
 アドレットはそう言って、右手の紋章を差し出した。フレミーが左手の甲を全員に見せた。ナッシェタニアが鎧の胸元を引き下げ、鎖骨の辺りにある紋章を露わにした。チャモがスカートをたくしあげ、太ももの紋章を出した。
「な、何をしているのだ?」
 モーラが戸惑う。
「ゴルドフ、お前は?俺はお前の紋章を見ていない」
 アドレットが聞く。ゴルドフは右肩の鎧を外し、腕をまくった。彼の肩にも、確かに六花の紋章がある。
 露わになった五つの紋章を見て、モーラとハンスが事態に気がついた。二人の表情が凍りつく。
「モーラさん、ハンスさん、あなたたちも紋章を見せてください」
「にゃ、にゃあ、こりゃあどういうことだべよ」
 ハンスが上着を脱いで、上半身裸になる。左胸の心臓付近に、確かに六花の紋章がある。
「………モーラさん、紋章を」
「ありえん。これは、なんだ。一体何が起きている」
 モーラに全員の視線が集まる。モーラは神官服のボタンをはずし、背中を向けて肩脱ぎになる。背中の真ん中、肩甲骨の間のところに間違いなく六花の紋章がある。
「七人、いる?」
 ナッシェタニアが茫然とつぶやく。モーラがうろたえながら叫ぶ。
「よく確かめるのだ!ありえん、六花の勇者が七人いるなど」
 それから七人は、互いに互いの紋章を確認しあった。大きさや形に差はないか、ぼんやりと輝く薄紅色に違いはないか、互いに何度も確かめあった。
 だが全員の紋章は、寸分狂わず同じものだった。
「なんで銃口を向ける」
「ごまかすようなら、撃つわ」
 フレミーの行動に戸惑う。唐突な問い。性急に答えを求める態度。フレミーはアドレットが理解できないと言うが、アドレットにだって彼女のことが理解できない。
 アドレットは思った。本心を語ろうと。フレミーを味方につけようとか、信じてもらおうとか、そんな打算は捨てようとアドレットは思った。
「………気持ちの問題だ。お前は敵じゃないと思った。お前を守りたいと思った。語れる理由なんかない」
「聞こえなかったの?ごまかさないで」
「フレミー」
 アドレットは銃口を向けられながら、自分の胸の内を探った。アドレットは確かに、フレミーをかばい続けた。それは外から見れば不自然なほど、フレミーからみてすら不自然なほど。
 なぜだろうと、自分自身にアドレットは問う。フレミーが見つめるなかで、銃口が心臓を向く中で、答えを探す。
「答えて」
 アドレットは静かに語りだした。
「ずっと昔、俺は戦うための道具になろうとした。人間の心を捨てようとした。俺から全てを奪った凶魔を殺すためだけの生き物になろうとした」
 なんの話、とフレミーは尋ねてこなかった。黙ってそれを聞いていた。
「お前が言うとおり、師匠が言うとおり、俺は凡人だからな。それ以外に地上最強になれる方法はないと思ったんだ。だけどな、だめだった」
「………何が?」
「人間の心なんて、捨てようと思って捨てられるものじゃないんだ。何度捨てたと思っても、心はずっと心のままだ」
「違うわアドレット」
 フレミーが冷たい声で言った。
「私は心を捨てられたわ。人間の心じゃなくて、凶魔の心だけど。母さんに、魔神に復讐するために。捨てたから生きてこられた」
「違うぜフレミー。心は捨てられない。心を捨てようと思うのも、やッぱり心なんだ」
 アドレットを見つめるフレミー。その内心が読めない。
「強くなるために全てを捨てる。そんなことは出来っこない。誰かを好きになることだけは、どうしてもやめられない」
「………」
「お前が好きだ。ずっと、といっても昨日からだけど、ずっとお前が好きだった」
 フレミーが目を見開いて、アドレットを見つめていた。