その一  小山内蓉子VSコミュックマ

「なにアレ……くま?」
 コミュ科寮に入るなり、超でっかいくまの着ぐるみが、パイプ椅子に座ってた。なんか、見た感じぐったりしてる。中に人、いないのかな?
「何かの企画で使うのかな?」
 生徒会の人とかが入寮式や入学式で使うのかもしれない。だから、触らないほうがいいんだろうけど……
(めっちゃ可愛い……抱きつきたい……)
 白すぎず、黒すぎず、ほどよく色付いたミルクティー色のくま。白クマがグラウンドですっ転んで汚れちゃったみたいな色があたしのハートにどストライクだ。
(もふもふ、ふかふか……)
 その肌触りを想像するだけで、ふとももの内側にきゅんって力が入る。
 誰も、いないよね?
 みてないよね?
(よし……抱きつこう)
 あたしは決めた。
 このくまさんに、ご、ご挨拶するんだ。
「えへへ、くーまさーん……」
 むぎゅっ。すごくやわらかい。胸んとこに何かおっぱいみたいなのあるし、落ち着く。
『甘えん坊さんなんだねぇ、ふわふわヘアのロリっ娘さん』
「え……?」
 あれ? 今、声を発したような気がしたけど……
『へへへ、僕はこのコミュ科寮で門番をしてる、コミュックマっていうんだ』
「ぎゃー声が低い! 男ーッ!」
『あぶしッ!』
 やっぱり喋った! っていうか男だったんだ!? とりあえず手を出しといた!
『と、とりあえずで殴っちゃダメなんだクマー、クマにだって打撃は有効なんだクマ』
「な、中に人入ってるなら言ってよ……」
『お嬢ちゃん可愛いクマね……ハァ、ハァ……』
「ちょっと、なに息荒くしてんの? っていうかここ女子校なのになんで男がいんのよ?」
『そ、それは大人の事情があるックマ! ほら、コミュ科は男子もいるッしマ!』
「いるっしマって、まだあたし以外の生徒いないっぽいけど? 入寮手続きの名簿にあたし以外誰もサインしてなかった」
『お嬢さん、さすが頭キレるっクマね』
「は? キレてないし」
『あ、あれ〜? なんで怒るのかな……』
「別に! 怒ってない!」
 なにこいつ。初対面でいきなり人をキレキャラ扱い? あたし、そんなコドモじゃないし。
 みんなそうよ。あたしの事『イケメン殺し{プレイボウイキラー」』って呼ぶ奴も、一度殴られただけで「こんなの違う」だなんだって。勝手に人のキャラ決めつけるなっての。
(しょうがないじゃない……チャラ男に近づかれると手が出ちゃうんだから……)
『ぼ、僕が言ったのはね、そういう意味じゃなくて……頭いいねってことクマ。怒りっぽいとかそういうんじゃないんだックマ(必死)』
「まあ、勉強は得意よ。嫌いじゃないし」
『じゃあ、ひとつ問題を出してもいいかクマ?』
「いいけど、クマの生態についてとか、下らない問題だったら撃退するわよ」
『そ、そんな真面目な問題考えてなかったクマ! 僕が出すのはコミュニケーションについての問題ックマ! もっと分かりやすく言うと、僕とコミュニケーション取ってみやがれックマ』
「コミュニケーション?」
 鋭いところを突いてくるじゃない。あたしが何故このコミュ科を受験したか分かって言ってるのかしら。
(でも、くまごときとコミュニケーション取るくらいワケないわ)
『じゃあ始めるックマ。お嬢ちゃんのコミュ力を、見せて欲しいんんだックマァァ!』
「いいわ。っていうかあたし別にコミュ力あるし。クマ対策もバッチリよ」
『じゃあまず、名前を教えてクマ』
「よーこ」
『いきなりミスってるクマ。自己紹介の時はフルネームを言えクマ』
「チッ、小山内よ。小山内蓉子」
『コミュ力ある女子はクマに対しても舌打ちなんてしないクマ』
「さっさと終わらせないと舌打ちじゃなくてメッタ打ちしてやる」
『で、では次イクマ! えっと、ぱ、ぱんつ何色?』
「薄い紫」
『じゃ、じゃあブラジャーは?』
「ブラもおんなじよ。ちょっとパッド入ってるけど……って何言わせんのよこの変態クマ!」
『イタックマ! ほんのジョークマ! 本題ックマ! よーこちゃんの、好みの男性のタイプはどんなんだクマ?』
「こ、好みの男性!?」
 いきなり何言ってるのこいつ。好みの男性?
「そ、それってカレシにしたい人って意味!?」
『まあ平たく言うとそんなもんクマ。おや? よーこちゃん、顔が真っ赤クマ』
「あ、赤くないし!」
『可愛いクマ〜♪』
「だいたい、好きなタイプなんてコミュ力関係ないでしょ!」
『それが甘いクマ。よーこちゃんは、クラスで女子がどんな会話してるか知ってるクマ?』
「うっ……」
 なにこのくま野郎……ひょっとしてエスパー?
 あたしが……あたしが女子の輪に入ったことないって知ってて言ってるの?
『女の子は男の子の話で持ちきりクマ。それに入るには、自分も恋バナの一つや二つ出来なきゃダメっクマ』
「で、できるし! あたし恋バナとか得意なんだから!」
『じゃあどんな人と付き合いたいクマ?』
「そ、それは……」
 あたしは……少女漫画に出てくるような、優しくて、真面目で、自分の弱点も全部受け入れてくれて……
「白馬の王子様みたいに、あたしを助けてくれる人がいい……」
『よーこちゃん、けっこう乙女っクマ!』
「う、うっさいわこの薄汚れた白クマ! もう知らない! あとで教務部に通報しとくから!」
『えっ、きょ、教務部はダメクマ! 110番のほうがマシだクマ! って痛い!』
 あたしは襲いかかる変態くまにジャンピング頭突きして、自分の部屋にダッシュした。
(なによなによ! 乙女? 別にいいでしょ? あたしだって……)
 あたしだって、本当は恋、したいもん。
 だからここに入ったんだから。
 今の、クラスの子に言えたら……友達できるのかな……
(っていうか……言えるのかな……)
 そんな事を考えながら、まだ学校が始まってもいないのに、あたしは自分のコミュ力の無さを思い知らされた。
 グラウンドですっ転んで汚れたような色をした白くまの着ぐるみは、コミュ科寮の門番と言うだけあって、なかなかのやり手だったわけだ。
 悔しいけど、あたしはくまに勝てなかった。