その二  正倉院宝物子VSコミュックマ

「あら、可愛らしい熊さん♪」
 コミュ科寮に入るってすぐに、大きな熊のぬいぐるみが直立していました。
『やあクマ』
「ごきげんよう。わたくしを出迎えてくれたのですか?」
『いや、そういうわけじゃないクマ。長い間座っていたせいで、ちょっぴりお尻がムレて痒くなっちゃんだクマ』
「まあそれは大変ですわね」
『お嬢さんやけに優しいクマね。なんか怪しいクマ』
「そ、そうでしょうか? 出来るだけ目立たないように身だしなみを整えて来たつもりなのですが……やはり、近づきがたいでしょうか?」
『剣持ってる時点でもはや身だしなみどうこうの問題じゃないクマ』
 この熊さんも、他の方と同じように、近づきがたそうな目でわたくしを見ています。
『なに考え込んでいるクマか?』
 互いを知る前に上辺だけのお付き合いをするのはもうイヤです。
『浸ってないで話を聞けクマ』
(わたくしは……もう中学生ではないわ。このコミュ科で変わると決めたじゃないの)
 そう。わたくしは、相手が誰であろうと、自分から一歩を踏み出すのです。
「あの、熊さん?」
『なんだクマ?』
「少し、お話ししませんか?」
『おお! お嬢さん、なかなかアグレッシブクマね! 僕はコミュックマ。このコミュ科寮でみんなのコミュ力を試す番人なんだクマ』
「そ、そうなのですか!? そうとは知らず失礼を……」
『いや、まあそんなかしこまらなくても……スフィンクスみたいなもんだクマ』
「なるほど! 失敗したら食べられてしまうのですね?」
『え? そうなの? いや別にそこまではしないけど……』
「受けて立ちますわ。わたくしの『コミュ力』、ぜひ試してください」
『いいクマよ。それじゃ、僕の質問に答えるクマ』
「はい。頑張ってお答えします」
 これはまたとない機会です。クラスメイトと話す前に、コミュ力を試してもらえるだなんて。
『じゃあ……パンツ何色?』
「く、黒です!」
『そ、即答クマね……ブラも?』
「あ、ちょっと待って下さい……あ、はい。黒です」
『お嬢さん、さては洗濯とか苦手なタイプクマ?』
「な、なぜそれを!?」
『だって今、下着がセットじゃない可能性も懸念してたクマ』
 す、すごいですわ……これが、コミュ科寮の番人の力! スペツナズもびっくりのプロファイリングです。
「じ、実はここ数日、一人暮らしの練習として家事全般を一人で行っていたので……生まれて初めての事でしたから、失敗続きだったのです。怪我もたくさんしてしまいましたわ」
『なんで家事で怪我するクマ……』
「お料理の際、包丁を上手く使えなくて……」
『は、刃物が苦手なんクマね……じゃあ、次の質問クマ』
「は、はいっ」
『好みの男性のタイプを教えて欲しいクマ』
「シ、シトシトーッ{な、なんですって}!?」
 この熊さん、なんという大胆な質問をするのでしょう。思わずロシア語が出てしまいました。いえ、わたくしロシア語は話せませんけども。
「好きな男性のタイプ……それって、お付き合いをする、という前提ですよね?」
『そんなの当たり前っクマ。やっぱりM男みたいなのがいいクマか?』
「わたくしは……その……」
『お? 照れてるクマー♡』
 いやですわ。ほんの少し恋愛を意識するだけで、こんなにも体が熱くなるなんて。
 剣を抱えて、柄を口にくわえます。
『なんでオマタに剣挟んでるクマ? 気持ちいいんクマか?』
「は、はい……こうすると、落ち着くのです」
『なかなか見込みがあるクマ(エロに関して)』
「ほ、本当ですか!? わたくし、実を言うとその……殿方とあまり話したことがなくて……」
 だって、今までずっと女子校でしたし……
 女の子のお友達も、いませんでしたから。
(ずっと一人で、そのようなお話をする機会もなかった……)
「中学までクラスメイトは、わたくしに一定以上近づいてくれませんでした」
 こどもの頃、お母様が話してくれた童話に出てくる、金色の案山子。
 青い麦畑に佇む、『金色の案山子{キープディスタンス}』。わたくしは、その案山子にそっくりなのです。
『でも、お嬢さんは僕に話しかけてくれたクマ』
「熊さん……」
 熊さんは、わたくしの肩に手を置いて、慰めてくれました。
『いい体してるクマ……ハァ、ハァ……』
「熊さん、わたくしの体は、本当に魅力的ですか?」
『なにをバカなことを言ってるクマ! 男子はもうその剣に殺されてもいい覚悟で君に迫ってくるはずクマ!』
「ほ、本当ですか!?」
『もちろんっクマ! だから、自信を持つクマ。今までたくさんのコミュ力を見てきた僕が言うんだから間違いないクマ!』
「よかった……わたくし、この学校に入って本当に良かった!」
 わたくしは熊さんに会釈をし、嬉しさのあまりその場でステップターンをしました。
『あいたッ!? 剣が脇腹に当たったックマ!』
「熊さん、わたくしに勇気をくれて、ありがとうっ!」
『話聞けクマ……』
 わたくしは、もう迷いません。
 そうです。このコミュ科には、わたくしと同じように、自分から前に踏み出せないだけで、本当は仲良くしたい人もいらっしゃることでしょう。
(オズの魔法使いには、臆病なライオンさんも活躍します。わたくしも、勇気を出せば……)
 気がつけば、わたくしはコミュ科寮の階段をスキップで上っていました。