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番外編〈エヴァレット×エミリア〉の特別ショートストーリーを公開! 剣術大会をきっかけにして互いを意識するようになった二人だが……。

SpecialStory

その音の名を、まだ貴方は知らない。-エヴァレットが見つけた予感-

 その出来事は、エヴァレットにとって特別なものではなかった。
 貴族の令嬢のみが通う、女王直属の教育機関『アンブレイカブル・ガーデン』。
秘められし学園内で行われた剣術大会の決勝でエヴァレットは勝利した。
対戦相手は、エミリア。不敗と名高い相手を前にしても、エヴァレットはいつものように戦い、そして勝った。一つだけ違ったのは、自分でも驚くほど戦いにのめり込んだことだ。
試合の最後にエミリアの剣が落ちた時、心のなかに漣が広がった。微かにざわめくその音を、エヴァレットは初めて耳にした。

***

 あの時に聞こえた音は、一体何を意味しているのか。
 剣術大会から数日経った後も、エヴァレットの頭の中はその疑問でいっぱいだった。
 だが大会の優勝者を、他の生徒たちが放っておくわけがない。ましてや不敗のエミリアを破ったのだ。もともと人付き合いが苦手なエヴァレットが、生徒たちの喧噪から逃げようと見つけた場所―そこは大庭園の一角だった。
(ここなら、静かに考え事ができる)
 芝生に座るエヴァレットの背中で、真っ直ぐな長い髪がふわりと広がる。銀の髪と青い瞳は、真冬の月光を思わせる冷たさがあった。
 エヴァレットは周りに誰もいないことを確認して、こくりと頷き深呼吸した。
 右手を宙に浮かせ、目を瞑る。思い出すのは決勝戦でのエミリアの剣さばきだ。
(どう動き、どう引き、そしてどう迫ってくるか……あの時、確かに見えていたわ)
 エヴァレットの強み、それは並外れた記憶力だった。自身と手合わせした相手だけでなく、他者が戦っている姿を見ただけでも、その人の持つ型を見極められるのだ。
(エミリアの剣筋は予測できた。でもわずかにわたしの知らない動きがあった。しなやかで柔らかい―美しいと感じた動きだった)
 でも、その正体がわからない。そんな気持ちを反映して、指先が不安定に揺れ動く。摑めそうで摑めないはがゆさに、エヴァレットは無意識に唇を噛みしめていた。
(知りたい。でもどうすれば良い? もう一度剣を交えればわかるかしら?)
 ふと目を開くと、エヴァレットのすぐ隣で眩しい金の髪が揺れていた。
「……エミリアっ!? これは、ゆ、夢を……」
(わたし、エミリアのことを考えすぎて眠ってしまったの?)
 エヴァレットはきゅっと手の甲をつねってみたが、目の前のエミリアは消えなかった。
(……夢ではないのね。では心を静めて、これは現実で、エミリアは本当にいる……)
「い、今お気づきになったの? わたくしずいぶんと前からここにいましてよ?」
「少し集中していましたから」
「あ、あの……さきほどの動き、ほら手をこんな風に上げてらしたでしょう? もしかしてダンスの練習をされていたのかしら」
「見ていたのですね」
 胸の奥で鼓動が早くなる。恥ずかしさに赤くなった頬を隠すため、エヴァレットはそっと俯いた。
「ええ。わたくし、ダンスは得意なほうですの。もし良かったら一緒に練習でもいかがでしょう? 何か、あなたのお役に立てることがあれば嬉しいですわ」
「ああ、やっと繋がった」
 エミリアの優しげな話し声は途中までしか聞こえなかった。エヴァレットの中で、またあの音がしたからだ。
(エミリアの動きの基礎にあるものは武術や剣術ではなく、舞踏だったのね! だから美しくてしなやかで……捉えるまでに時間がかかった)
 体の奥から溢れてくる高揚感に、エヴァレットは自然と微笑んでいた。
「ダンス、そう、舞踏で鍛えられた体だからこその動き方」
「あの、何の話をされていますの?」
「エミリア、あなたの話です。わたしはずっと、あなたの剣の動きを解析していました」
 エヴァレットは、今にもエミリアの手を取ってしまいそうな気持ちをなんとか抑えた。
それでも自然と握りしめてしまった指先が桜色に染まっていた。
あなたは、生半可な練習では手に入れることのできない美しい動きを持っている。それをどう伝えればいいのか、エヴァレットは思いつく限り言葉にしたが―エミリアはぽかんとこちらを見つめ返しているばかり。
(……やっぱり言葉は難しい)
 物事の本質を見抜くスピードが、エヴァレットは他の人よりも数段早い。そのせいか、自分の思いや考えを誰かと共有するのが苦手だった。
「わたし、もう失礼します」
 エヴァレットは唇をきゅっと一文字に結び、おもむろに立ち上がった。
「お待ちになって」
 エヴァレットは、ふいに伸びてきたエミリアの手に驚き目を丸くした。
 強ばっていたエヴァレットの唇がゆるやかに開き、瞬きのたびに長いまつ毛が揺れる。
「芝が付いていますわ。あら、少し絡まっているようですね。そのまま動かないでくださる?」
 丁寧な手つきで髪を解くエミリアの横顔を、エヴァレットはそっと覗き見た。
 と、ほぼ同時にエミリアの大きな瞳がまっすぐエヴァレットを見つめ返してきた。
「エヴァレット、あなたは……」
「何でしょう?」
「いいえ、なんでもないの」
(……あっ)
 再び胸の奥で漣が微かな息を立てた。
(あの時本気になったのは、エミリアが強かったからだけじゃない……わたしは、見つけたのかも知れない)
同じ目線の高さで、同じ強い思いを分かち合える相手―見つかるはずないと諦めていたエヴァレットの心に、かすかな希望が灯った瞬間だった。