某日、下校途中のこと。
「優樹よ。一度やってみたいことがあるのだが」
 神鳴沢世界が遠慮がちに申し出てきた。
「そりゃもちろん」桐島優樹はうなずいて、「なんでも言ってくれ。なんでもするから」と答えるのだが、世界は首を振り、
「やっぱり止そう。今の発言は忘れてほしい」
「え? なんで?」
「ルールに反することだからだよ。しかもいささか危険を伴うのだ。おまけにわたしが想像するに、かなり高度なテクニックが必要とされるように思う。しかもちょっとだな、こう、照れくさいことでもあるのだ」
「ははあ。どんなことだそれって? ぜんぜん予想がつかん」
「いいのだ気にするな。わたしの失言だった。今後二度とこの願いを口にはしない」
「そっか。まあそこまで言うならしょうがないか」
「うむ。しょうがないのだ」
「ところでさ。今日はちょっと気分を変えようと思ってだな、いつもはやらないことをやろうと思うんだけど」
「ふむ? いつもはやらないこと?」
 そう言って優樹が向かった先は、学校の自転車置き場だった。
 彼は荷台付きのママチャリを指し示し、
「今日はこれで帰ろうぜ、二人乗りで。まあ見つかったら怒られるかもだけど、別にいいよな。なんせ神様なんだし」
「…………」
「ん? どうした?」
「優樹よ」
「ん?」
「貴殿は女心をよくわかっているな」
「そうか? ようわからんけど、そう言ってくれるとうれしいよ」

 その後。
 自転車に二人乗りして颯爽と駆けるふたりの姿が、しばらくのあいだ街のちょっとした語りぐさになったとかならないとか。

case No.3 end