こちらのことについて知りたい――だと?
 ふむ……確かに、きみは生粋の魔法使いというわけではないから、いろいろと常識や認識が違うことも多いだろう。よろしい。ならば学園長である私自ら教えてやろう。なに遠慮することはない。私は説明が得意だ。それでは、まずは私の自慢の畑から――
 ……そういうのはいいから、もっと魔法の世界っぽいことが知りたい?
 む、そうか。今朝とれたばかりの白菜を浅漬けにしてみたので是非食べて感想を聞きたかったのだが……。まあいい。次の機会にすることにしよう。
 そうだな……では、今回は学園の施設を案内するというのはどうかな。
 魔法の世界を知るにあたって、まずは自分の学び舎を知るところからはじめるのがいいだろう。そうと決まればさっそく案内しよう。安心して着いてきたまえ。なぜなら私は案内も得意なのだ。

 さて、最初に紹介するのは『扉の間』だ。
 きみもここには何度もお世話になっているだろう。
『扉の間』はきみたちの世界とこちら側を繋ぐ魔法の転移装置だ。
 壁一面に並んだ無数の『扉』が見えるだろう?
 ひとつひとつ、すべてが違う場所へと繋がっている。
 中央の台座で座標を入力すれば、好きな場所の扉が開くという仕掛けだ。
 なに、“どこでもドア”……だと?
 きみはたまによく分からない言葉を口にするな。それもあちらの世界の常識なのか? なんにせよ興味深い。一度じっくりと話を聞かせてもらいたいものだ。
 しかし、ここにある扉はどこにでも繋がっているわけではない。
 当然だろう? いくら魔法ならそれが可能だとはいえ、他人の家に勝手に繋げるのは不法侵入だろう。風呂場? 静ちゃんが危ない?
 よく分からんが、それこそ不法侵入どころか覗き行為ではないか。
 むぅ……そちらの世界は存外に物騒なのだな。
 ともかく、この『扉の間』から行ける場所にはかなりの制限がある。
 きみも利用しているように図書館がその一つだ。
 実は世界中の図書館のほとんどは魔法使いが運営しているのだよ。
 驚いたかね? きみがよく利用する図書館の司書の中にも魔法使いがいるかもしれんぞ。

 図書館と言えばクズノハ女子魔法学園が誇る『原書図書館』を紹介せねばなるまい。
 見よ、この圧倒的な蔵書量を!
 残念ながら在籍するメドヘンの人数では中国校に後れを取っているが、蔵書量ではいまだアジアで一番だ。こうしている間にも、一つ、また一つと幼い原書が生まれている。
 普通の図書館となにが違うのか、だと?
 その名の通り、ここに収められているのはすべて『原書』なのだ。
 きみも知っていると思うが『原書』とは長い年月をかけて語り継がれた物語から生まれる魔法の本だ。契約を交したものに特別な魔法を与えてくれるため、魔法使いなら誰もが原書との契約を望むだろう。
 毎年、新入生たちは最初にこの原書図書館で『お見合い』を行うことになっている。そこで運良く原書に選ばれた者は『メドヘン』と呼ばれ、若い魔法使いたちの中でも特別な存在となるのだ。
 しかしながら、近頃ではメドヘンとなる者の数が年々減ってきていてな……我々も頭を悩ませている。
 原書の数はどんどん増えているのに、契約する者が減っているのはどういうわけか、と聞きたいようだな。
 そこは原書と言ってもまだまだ若い物語であるから、メドヘンと契約を交わすほどの力を持っていないのだ。見たまえ、この辺りの書架を。ずいぶんとたくさん“薄い本”が並んでいるだろう? これは最近増え始めた『同人誌』というやつが元になった原書だ。
 原書は契約者以外に開くことはできないので私も読んだことがないのだが、ずいぶんと作者の情念が強いらしく比較的早く原書となるのだ。いずれはこれらも契約者を得て新たな魔法を生み出すことになるだろう。いったいどんな魔法になるのか今から楽しみだ。
 どうしたのかね。そんな複雑そうな顔をして。

 続いては『体育館』だ。
 どう見ても普通の体育館だ……などと思っているな?
 こう見えてもいくつもの魔法的処置がされているのだ。
 熱や衝撃に耐えられるように天井や壁は魔法で強化されているのはもちろんのこと、骨組にはあらゆる魔法に耐性を持つミスリル銀が使われている。
 他にもこの床。いつもワックスをかけたばかりのようにピカピカだろう?
 これはレプラコーンたちが毎日磨いているからだ。
 妖精族である彼らはほとんど人前には姿を見せないが、魔法使いとは古くからの付き合いだ。昔は靴作りで生計をたてていたが、産業革命と化学繊維の普及による工業化と大量生産の流れで廃業を余儀なくしてな。今では業態を変えて建物の清掃や修繕を主な仕事にしている。しかしこれが大当たりしてな。レプラコーンたちは今や大企業だ。あらゆる建物でレプラコーンたちが清掃業務を担っている。もちろん我が校も契約している。
 きみが出したカボチャを片付けたのも壊された露天風呂を修理したのも彼らだ。
 やつらめ、契約外の作業だとか抜かしてずいぶんと追加報酬を要求してきた。おかげで今年度は大赤字だ。ただでさえヘクセンナハトの準備のために出費がかさんでいるというのに……。
 おっと、余計な話をしてしまった。次へ行こう。

 ここは『グラウンド』だ。む、また不満そうな顔をしているな。
 しかし、ここはいずれ始まるヘクセンナハトの会場になるのだ。きみも知っておいて損はない。実際のヘクセンナハトは、魔法によって創り出された別空間で行われる。このグラウンドは観戦するための場所になる予定だ。
 スタジアムのように外周を観客席にしてだな、トラックの中央には戦いの様子を投影する魔法球を浮かべるのだ。
 ちなみに今年の設備はすごいぞ。
 まず魔法球メーカーでは世界トップシェアを誇るパラケルスス社製の16k解像度の大型魔法球に加え、音響設備はかのセイレーンも唸らせたと言われるクリアで臨場感のあるサウンドが売りの7.1chシアターシステムを導入した。さらに座席には振動、熱、匂いなどを擬似的に体験できる魔法をかけた。これによってメドヘンたちの戦いをよりリアルに観戦することができるのだ!
 ……まあ、おかげで予算をかなりオーバーしてしまったが。
 だが、十数年ぶりの日本校での開催だ。悔いはない!

 それでは最後にクズノハ女子魔法学園の最大の見所をご紹介しよう。
 もちろん『露天風呂』だ!
 なぜ、学園に露天風呂があるのか……と?
 愚問だな。
 日本には古来より素晴らしい文化がある。それはすなわち『裸の付き合い』だ。
 人間、衣服をとっぱらってしまえば自ずと素の自分というものが見えてくるものだ。多感で繊細な乙女たちであるからこそ、こうして一糸まとわぬ姿になってみればお互いの距離も縮まるというもの。
 最近では魔法使いたちの間にもIT化とやらの波が押し寄せてきている。
 SNSで自己アピールをし、互いに褒め合い希薄な関係を築いてそれで満足する者も少なくない。うわべだけの承認欲求を満たすために「いいね」を押すことが果たして友情と言えるだろうか!
 こんな時代だからこそ、心と心、身体と身体でぶつかることが必要ではないか!?
 私は、そう社会に提言していきたい。
 というわけで、あえて学園内に「露天風呂」を設置したのだ。
 ……む、なんだね、その顔は。
 決して私の趣味などではないぞ。
 これはより良い教育のため。健全で友愛に溢れたメドヘンを育てるために必要な設備なのだ。
 ……どうやら私の教育方針に疑いを抱いているようだ。
 よろしい。ならば風呂だ。
 裸と裸でぶつかれば、私の熱い教育理念も伝わるだろう。
 なぜ距離をとろうとする? 待ちたまえ、というかこの私から逃げられると思うな。