『葉月のお友達メモ その2 魅惑の女子トーク』

 魔法学園の放課後は、ちょっぴりスペクタクルだ。
 外の世界とこちらの世界を隔てる結界の影響で、空は普通よりも大きく遠くまで広がっているように見える。そのせいか夕焼けはとてもきれいだ。
 そんな絶景を窓の外に見ながら、私と静ちゃんと加澄さんは机を囲んでヘクセンナハトに向けた作戦会議をしていた。
「やはり前衛には加澄さんを配置して、中盤はわたくし。葉月さんには後方からのサポートをしていただくのがセオリーでしょうか」
「な、なるほど、後方でサポート……」
 サポートと言われても具体的になにをすればいいのかよく分かっていなかったが、とりあえずメモだけはとっておく。
「異議あり」
 すると、加澄さんがビシッと手をあげた。
「私が前衛というのが納得いかない」
「なぜです? 加澄さんの魔法は直接効果を及ぼすものが多いですし、当然の配置かと」
「考えてみてほしい。前衛だと、まず最初に相手の攻撃を受けることになる」
「まあ、当然そうなりますわね」
「避けたり、防いだり、いろいろしなきゃいけない」
「はぁ……」
「たくさん動くのめんどくさい」
「それですの!?」
 静ちゃんの鋭いツッコミが炸裂した。
「加澄さんがそんなことでは困ります! そもそも、わたくしたちのチームはメンバーがギリギリなのですからそれぞれが二人分は動くつもりでないと強豪チームには勝てませんわ」
「二倍も……動く……!?」
 驚愕に目を見開く加澄さん。
「そんなに動いたら死んでしまう……」
「その程度で死んだりはしません。だいたい楽ばかりをしていては太りますわよ」
 長年の付き合いで気心が知れているだけあって、二人のやり取りは息ピッタリだ。
 いいなぁ……ああいうの。
 私も静ちゃんといい感じの会話ができたらなぁ。
 ううん、そこまで贅沢は言わないからせめてもうちょっと親しく女子トークができるようになりたい。
「女子トーク……いい感じ……」
 そういえば、と。私は先日、継姉とした会話を思い出していた。

「はぁ!? 友達とどんな会話したらいいかわからない?」
 美沙さんは、私の相談にやたら大げさに驚いてみせた。
 いや、どうやら本気で驚いてるらしい。私をまじまじと見るその顔は、奇妙な生き物に遭遇した人みたいだった。
「ちょっと言ってる意味わかんないわ。友達なんでしょ? 普通に話せばよくない?」
「えっと、だからね、その普通っていうのがよく分からなくて……」
 おそるおそる打ち明けると、美沙さんはさらに困惑した様子で唸りはじめる。
「ごめん。マジで理解できないわ」
 コミュ力が高くて学校の中にも外にも友達がたくさんいる美沙さんには、ぼっち歴十五年な私の存在そのものが困惑らしい。確かに相談する相手を間違えたかもしれない。
 はじめたばかりの初心者がいきなりその道の達人に極意を聞くようなものだった。
「じゃあ、美沙さんは友達といつもどんな話してるの?」
「アタシは……そうね、最近は恋バナかな。ほら、プロムも近いし」
「こ、こいばな……」
 恋バナ。おお、そのなんと甘い響きか。
 なんというか、これぞ女子トークといった感じだ。
 確かに、私も花の女子高生(死語)である。恋バナのひとつくらいこなせて然るべきではないだろうか。
「うん! 恋バナだね! やってみるよ!」

 さて、そんなわけで現在。
 作戦会議もそこそこに終わり、家に帰るまでには少しだけ時間がある。
 私は思いきって二人に提案をすることにした。
「あ、あの! ちょっとお話してして行かない!?」
「お話……? もう充分にしたように思いますが」
 帰り支度をしていた静ちゃんが首をかしげる。
「そういうんじゃなくて、あの、その、もっと女子っぽいというか……そう! 恋バナをしようよ!」
 私の提案に静ちゃんは目をぱちくりさせた。
「すみません。こいばな……とはなんでしょう」
「こ、恋バナっていうのはね、えっと……」
「恋の話。略して恋バナ」
「そう、それ!」
 加澄さんのフォローに私は膝を叩いて同意する。
「恋の話ですか……なぜ、急に?」
「じょしこーせーが一番興味のある話だって……」
 美沙さんが言ってたから。
 考えてみたら理由はそれだけで、とくに話したいわけではなかったりする。
 だけど、静ちゃんにはなにやら響いたらしく――
「女子高生……興味……い、いいでしょう! その恋バナとやら、受けてたちましょう!」
「やった! すぐにセッティングするね!」
「セッティング……ですか」
 まずは机を二つくっつけて椅子も三つ並べて……完成!
 これぞ夢にまで見た女子高生のおしゃべりスタイルだ。
 放課後のファストフード店が気軽なおしゃべりなら、放課後の教室で机をくっつけてするのはより親密で深い話なのだ。……たぶん。
 そんなわけで、私たちは三人で机を囲んで座った。
 加澄さんは微妙に帰りたそうな空気を出していたけど、強引に付き合ってもらった。
「じゃ、じゃあはじめようか」
「ええ、ど、どうぞ」
「ん」
 …………
 ……
 ……沈黙。
 いざはじめてみたものの、誰がどう切り出していいかわからずみんな押し黙ってしまう。
「……しないの? 恋バナ」
 沈黙を破って加澄さんが聞いてくる。
「えっ!?」
「も、もちろんしますわ! わたくしたち女子高生ですからっ」
「じゃあ、静からね」
「ええっ!? ……い、いえまずは葉月さんからどうぞ」
「ふえっ!? わ、私から!?」
「誘ったのは葉月さんですから!」
「う、うう……」
 しまった墓穴を掘ったかもしれない。恋バナってなにを話せばいいんだろう。
「えっと……じゃあ、好みのタイプ、とか? 話してみる?」
「そ、そうですね。会話のきっかけとしては申し分ないかと」
 静ちゃんもうんうんと頷く。
「では、葉月さんから」
「ええっ!? 私から!?」
「言い出しっぺですから」
 うう、また言い出しっぺ理論だよぉ。
「それに、あちらの学校では……その、ずいぶんとそういったことが盛んだとか……」
 やや顔を赤らめながら言う静ちゃんだった。
 うーん、いったいどんなことを聞いているのか。
「私の好みは……真面目で、カッコよくて、ほんとは強いんだけど普段は穏やかで……」
 私は、思いつく限りの条件を並べてみる。
「それから、上品で礼儀正しくて、言葉使いがきれいで、責任感がある人……かな」
「な、なるほど……葉月さんは、なかなかに理想が高いのですね」
 静ちゃんが感心したようにつぶやく。
「ていうかそれ、ぜんぶ静のことじゃん」
「はえあっ!?」
 加澄さんに指摘されて、私は思わず声をあげた。
「か、加澄さん! 変なことを言わないでくださいませ! わたくしと葉月さんは、そんな……」
「そ、そうだよ! 確かに静ちゃんは強くてカッコいいけど……そういうのじゃ……」
「わ、わたくしも、その、葉月さんは大切な人ですけど……そ、それはあくまでも友達としてであって……」
 自然と静ちゃんと私の視線が絡み合う。
 お互い、なんと言っていいかわからず気まずい沈黙が流れる。ただただ頬が熱かった。
「なに見つめあってるの」
 そんな私たちを加澄さんが半眼で見ながら言った。
「み、見つめ合ってませんわ!」
「そ、そうだよ! 私も別に静ちゃんのことを言ったわけじゃ……」
 私たちが噛みつくように言うと、加澄さんはめんどうくさそうに「はいはい。わかったわかった」と片手でそれをあしらう。
 うう……ドキドキしたぁ。やっぱり、恋バナなんて私には早かったのだろうか。
 結局、その日はうやむやのままお開きになった。
 夕暮れに染まる廊下を歩きながら、さきほどの恋バナの余韻にそわそわとする私。
 すると――
「……んで、いつから付き合ってるの?」
「「だから違います!」」
 忘れた頃に繰り出された加澄さんの言葉に、私と静ちゃんは同時にツッコんだ。