第10回集英社ライトノベル新人賞最終選考審査員 講評

丈月 城 先生

ここ数年、恒例イベントになっていた新人賞審査。
 正統派の講評はいつも相方の山形さんにおまかせして、こちらは技術面の指摘に重きを置いておりましたが。
 今回はプロとして生きる、すなわち小説書きで日々の糧を得ていくに当たってのマインド、心構えなども語ってみたいと思います。
 たまたま『そうした方がよろしかろうな』という応募作がそろいましたのでね。

 言うまでもなく、われわれのお仕事は『本を売る』ことです。
 書店で、電書ストアで、読者諸賢に作品を手に取っていただく/ちょっと試し読みでもしていただくために、われわれ著者はもちろん、担当編集者、編集部、さらには営業部、販売部、書店の皆々さまが知恵をしぼるわけです。
 そして例えば、このダッシュエックス文庫、ターゲットは男性読者層です。
 近年はライトノベルといえども若い読者だけでなく、二、三〇代はもちろん、その上の四、五〇代までも読者となりうることが判明しております。求められる要素は多々ありますが、ざっくり言うならばエンターテイメント、精神的充足感など。
 もちろん、女性の読者も一定数いらっしゃいます。
 が、まずはこのレーベルの主な想定客層は男性であると。
 作り手サイドはその前提で数々の企画を立案し、実際に作品としている次第です。

 さて――そのあたりを意識していた候補作が今回あったかと言いますと。
 皮肉にも、いちばん作者の年齢が若い『diver』のみであった点、なかなか考えさせられる審査となりました。

diver
いや作者が若い。作品も若い。
 読んでいて「ほほう」とうならされました。
 最初の方を読んで思ったのは「文章自体はこなれているけど、小説の文体になってないなあ」。特に冒頭、「節子、それじゃただのあらすじや」。
 しかし読み進めていくと、どんどん文体がこなれて、ちゃんと小説になるという。
「この人、書きながら成長してるぅ! これが若さかあ」
 と、感心した次第です。
 思いついたアイデアを出し惜しみなく投入している印象もあり、勢いが気持ちいい。実に若さあふれる一作でした。
 ただし『若い』には粗いの意味も含まれまして。
 もっとたくさん書いて、読んで、成長を遂げて欲しいと思いましたね。
 この年齢で、プロデビューの入り口間近まで到達できた点はまさに快挙。が、その門をくぐるために越えないといけない山はなかなかの標高で、多くの先人がそれを果たせず、挫折してもおります。
 是非がんばって欲しいですね。
 時間は有限ですが、あなたには猶予がまだたくさんあります。
悪と徳
超・力作です。
 ひさしぶりに「すごいのが来たあ!」と思いました。
 とにかく読み応えがある。すさまじく陰惨で、悲愴で、ほとんど救いのない汚泥に満ちた世界観をこれでもかと書き込み、活写して、引きこまれます。文章はちと粗いですが、豊富なテキスト量をそれでもしっかり読ませる筆力がある。
 本当にすごい。
すごいけど……ラノベ読者層が望むエンタメ成分どこ!?
 いや、ちゃんと作り込まれたエンタメではあるのですが、方向性がレーベルと読者の求めるそれとは明後日の方にですね……(汗)。
 読後感を一言で語れば「ああ無情」。
 これはむしろ一般文芸、それもかなりヘビーな方面に向かっている感もあり。
 しかし、ここまで書けてしまう筆力はまちがいなく本物です。となれば、作者にはこう問うべきでしょう。
「あなたが商業作家として活動したいフィールドはどこ?」
 その筆力を活かして、柔軟にあらゆるジャンルに対応できる作家となるか。
 あくまで己の書きたいものを情念にまかせて、執拗に書き込む作家となるか。
 商業出版に身を置くことを志向するなら、避けては通れない命題です。でも、あなたには自身の意志で道を選べる才能があると思います。
 どうか悔いのない選択を。
宮脇姉妹のものがたり
 小説としての完成度、最終選考に残った作品ではいちばんです。
 ほかの作品にはない洗練があり、面白い世界観、独特の会話のテンポなども、本当にずば抜けています。でも、だからといって手放しで編集部と読者諸賢におすすめできる作品かは別問題でございまして……。
 十分以上のスキルで書かれ、小説としては完成された良作です。
 しかし、新人賞は商業出版で活動するプロ作家候補を選考する場。そして残念ながら、プロは上手くて当然なのです。
 逆に、下手でもプロとして通用するなら、それも本当にすごいこと。
 なので、新人賞の応募作品にはスキル以上の『何か』も見せてもらいたいのです。
 たとえば、読者を惹きつけるに足る発想力やセンス。
 あるいは一定ペースで原稿を量産できそうな安定性。流行りのジャンルの勘所を的確に捉える感性。逆に流行を無視してしまっていても尚、大勢の読者を魅了できるであろうエンターテイメント性など。
 スキルが十分なだけに、そうした面での物足りなさを覚えました。

山形石雄 先生

今回の候補作も独創的な作品ぞろいで、毎度のことではありますが順位をつけることには苦労させられました。三作ともそれぞれ惜しい点はあるものの、どの作品も作者の個性と才能を感じさせるものでした。候補となった皆様の活躍に期待しております。

diver
個性的なキャラクターが魅力的な作品でした。短い枚数にもかかわらず各々の特徴が印象的に描写されており、作者のセンスがうかがえます。モブ的な立ち位置のキャラクターの描写もおざなりにせず、一人の人間としてしっかりと描いている点も素晴らしいと思います。物語世界の設定も作りこまれています。
反面、物語の筋立てにもう一工夫必要ではないかとも思います。クライマックスに至る前振りが弱く、読み終えたときに少々物足りなさがあったのは残念でした。もっともっと面白くできる作品だと思います。
悪と徳
大変に挑戦的な作風です。読みながら「すごいなこれ」というつぶやきが口から洩れました。
文章力は新人とは思えないものです。簡潔な描写でありながら要点をおさえており、控えめな描写がキャラクターのよさをより引き立てていると感じます。主人公のブラッドはもとより、ノラやアンスらサブキャラクターも魅力的です。ラストシーンは大変に美しく、心から感動させていただきました。
惜しい点としては作者の情熱が先走りすぎたのか、読んでいて困惑することが何度かあったことです。特にブラッドとアンスの問答は物語の中から浮いているように感じ、改善の余地があると思いました。
宮脇姉妹のものがたり
ゆるさと緊張感のバランスが絶妙な、独特な雰囲気を持った作品です。
物語の構成も巧みで、最後まで読者を退屈させません。後半のどんでん返しに至る流れも良いと思います。
あえて序盤では本題に触れず、日常的な場面を序盤に持ってくる手法も、いい効果をもたらしていると感じました。
惜しい点としては、終盤がやや駆け足すぎる点。そしてスピカを中心とした物語なのか、それぞれが主人公となる群像劇なのかどっちつかずになっている印象がある点です。脇役たちの描写を少しばかり整理しなおせば、さらに魅力が増すと感じました。

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