集英社ライトノベル新人賞
第13回(2023年)
IP小説部門 #2
最終選考委員講評

(2024.7.19)

新木伸 先生 総評

IP小説部門は、冒頭40ページ相当で、どれだけ「期待感」を盛り上げられるかを測る賞である。
読んで感じる「面白い」ではなく、読まないうちに感じる「面白そう」を測るものである。

一見の客として、人が、ぶらりと料理店に入るとき、なにをもって店を選ぶのだろうか?
店に入っていないのだから、当然、まだ料理は食べていない。食べていないのだから、「美味しい」かどうか、わかるはずもない。
だから、「この店はなんだか美味しそう」という期待感を頼りに、店を選ぶはずだ。

小説の選ばれ方も、これと同じである。一見の作品が初めて選ばれるとき、まだ読んでいないのだから、当然、「面白い」かどうかわかるはずもない。人はつまり、「面白そう」という雰囲気とか匂いとか期待感とかで、読む作品を選んでいるのである。

物語において、面白そうな匂いを発生させる方法は、だいたい判明している。

1.どんなヤツか、わかる。
2.どんな世界か、わかる。
3.どんなことをしたいのか、わかる。
4.どんな味方がいて、どんな敵(障害)が立ち塞がるのか、わかる。
5.どんな話か、今後の展開が、わかる。

この5つの「わかる」が、タイトルなり、あらすじなり、冒頭40ページなりで確定していれば、それは「面白そう」となるのだ。

このうちで、1の主人公に関わる部分が、もっとも大きな比重を占めている。作品の面白さのゆうに半分以上が「主人公」によって発生する。

しかるに今回、第五回となる三作品では、キャラ部分の弱い作品が目立った。
「どんなヤツか?」という問いに、「普通の人間」と答えるしかないような作品だ。

エンターテイメント系列の作品として人が欲するのは、「普通じゃないヤツ」の軌跡である。普通の人間が普通の葛藤を抱えて、普通程度のことに懊悩する話には、まったく需要などないのだ。

物語のなかにおいて「普通の人間」に与えられるべき役割というのは、「ザコ」あるいは「モブ」となる。
ザコモブが主人公を張っている作品を、誰が読みたいと思うのか。

作家の資質的に普通の人間しか描けない場合もある。そういうときには、人物自体は普通でも〝チート〟などの後付けパーツを使って性能を上げることで、インスタント超人にグレードアップする手法もある。あるいは妙なフェチを持たせることで、「変態」にクラスチェンジさせることもできる。
ぜひとも工夫を見せてほしい。

今回の最終選考にあがった三作品のうち、二作品が、「普通の人間」としかいえないキャラを主人公においていたため、ほぼ論外で落選となった。

【作品講評】

『亡国の皇女と最悪の呪師の鏡探し』 /
 こむらまひろ

亡国の姫君が、滅んだ祖国を再興しようとしている。
どんな願いも一度だけ叶えてくれるという魔道士を捜して旅をして、目的地の王国に辿り着いたはいいが、そこで追っ手に襲われる。
追っ手から逃げて魔道士のもとに逃げ込み、守ってほしいと口にしたら、彼は追っ手を追い払ってくれた。だが「守って欲しい」というその願いが、契約として受理されてしまっていた。もう願いは叶えてもらえない。
彼女は魔道士と交渉する。彼の悩みである「この世のあらゆる魔法を受け付けない体質」を王家の秘宝を取りもどし、大いなる力を得ることで解決すると約束する。二人は秘宝を探す旅に出る。
……というお話。

捜していた魔道士のキャラは良い。クールながら、とぼけた感じもあって、キャラが立っている。
だがその相方を務める姫君=主人公が、なんというか普通。没個性。

また構成的にも冗長な部分がある。町民に人を尋ねて断られる場面が、延々何千文字、文庫にして七ページほども続いている。また追っ手に見つかっての追いかけっこが、同じく何千文字、六ページほども続いている。さして重要とも思えないこの二つの場面だけで、投稿分の半分ほどを占める。
魔道士と出会ってからが、この作品の本題のはず。
本題はすぐに始めないと、読み手に飽きられてしまう。

また設定面に関しては、魔法適性のことを「因子」という言葉で表現している。その「因子」に関しての説明にも、かなりの文字数を費やしている。
だが用語を変えただけのものをアイデアとは呼ばない。言葉を変えても、実質的な中身が「魔法適性」でしかないのであれば、それはただの魔法適性であり、特筆すべきアイデアではない。

構成、アイデア、キャラクター、などに難があり、総合評価は低くなった。

『異世界探偵』 / 星川銀河

異世界の存在が明らかにされた現代日本。
子供の頃、異世界転移を経験していた主人公は、その時に助けてくれた恩人の少女を探し出そうとしていた。
そのために彼が就職先に選んだのは、「異世界探偵」の事務所だった。面接で想いを語った主人公は、異世界エルフの女所長に気に入られて一発採用となる。
少人数の探偵事務所で、さっそく実務に駆り出される。単なる異世界転生の確認作業が、異世界の犯罪組織の絡んだ殺人事件に発展していく。
そして、その犯罪組織には、かつて自分を助けてくれた少女も関係していて……。
……という話。

まず、物語の切り出し位置が悪い。
なぜ就職活動をしている場面からスタートしているのか。そこ面白いところ? 冒頭からいきなり、何千文字も延々と面接シーンが続くのだけど、この話の見せ場って、その面接シーン?
ようやくはじまった捜査シーンも、主人公が半人前どころかド素人なせいで、保護者の所長同伴で、なんだかぜんぜん締まらない。

たとえば切り出し位置を変えるなら――。
探偵事務所に就職して数ヶ月が経ち、一人で仕事を担当できるようになった、その初仕事で――。とすれば、捜査シーンからはじめられるし、保護者つきでもなくなる。
探偵というものは、ヒーローである。すくなくとも読み手は、「探偵」という設定がでてきたら、そこにヒーロー性を求める。それが保護者付きでは情けなさすぎる。あとメンタル面で常人なところもヒーローとして不適格。

「異世界と行き来が可能になっている世界における探偵職」というアイデアには見るべきところがあるものの、主人公の弱さやら、敵ないしは障害の希薄さなどもあって、総合的には低い評価となった。

『カースト頂点のギャルに激おこだったけど、百合になる暗示がかかってから可愛くて仕方ない』 /
 最宮みはや

カースト頂点のギャルからウザ絡みされている主人公。友人に愚痴っていると、冗談まじりに「催眠アプリ」を紹介される。アプリをいじるうちに「百合」という催眠が自分に掛かってしまう。そのことに気づかないままギャルと会うと、相手が可愛く思えてきて、ついには唇を奪ってしまう。
正気に返ってからギャルと対面。ギャルが絡んできていたのは、主人公のことが好きだったせいとわかる。そして相手の熱意に押される形で「付き合い」はじめることに……。
……というお話。

主人公はメンタルつよつよ女子高生。本人いわく、微オタクの単なる地味な女子高生だが、このまま異世界にチートなしで放り込まれても、なんら問題なく生き抜いていけそうな感がある。
つまり、現代世界においては〝異物〟といえる。
つまり、キャラが立っている。

また構成面においても光るものがあった。
分量的には、規定の20枚中12枚しか使っていないが、総評で述べた5つの「わかる」を、すべて網羅していた。(現代物なので「どんな世界」は不要だが)

アイデア面でも、ガールズラブというだけでは、昨今、評価できるものではないが、「催眠アプリが自分にかかっちゃって、百合の沼にハマりましたー。イジメてきていた相手と絶賛恋愛中です!」というものは、光るアイデアと評価した。

よって受賞作に推した。

(敬称略、順不同)