集英社ライトノベル新人賞
第14回
IP小説部門 #1
最終選考委員講評

(2024.3.19)

新木伸 先生 総評

IP小説部門は「アイデア」を測る賞である。

アイデアというものは、目的ではなく、手段である。

小説とは娯楽である。娯楽とは、読者を面白がらせて楽しませることである。楽しませるとは、具体的には「感情を揺さぶる」ことである。

「喜怒哀楽」の四つの基本感情のどれでもいいので、大きく揺さぶれば、それは娯楽となる。

とどのつまり、アイデアというものは、最大効率で「喜怒哀楽」を揺さぶるための仕掛けでしかないわけだ。

IP小説部門はアイデアを測る賞ではあるが、娯楽のそもそもの目的である「感情を揺さぶる」が果たされていなければ、どんな奇抜なネタを出してこようが、まったく評価されることはない。

アイデアの構成要素とは、だいたい、以下の通り。

・どんな主人公か。
・どんな目的(モチベ)を持っているか。
・どんな世界か。
・どんな味方か。どんな敵か。
・どんな展開か。
・どんな切り口か。(物語の開始地点)

この6要素が、アイデアのだいたいほとんどすべてである。
(過去の審査では5要素としていたが、今回から、「切り口」という一項目を加えることにした)

大事なことなので何度も言うが、この6つのすべては「感情を揺さぶる」ためにある。

感情移入しやすい主人公とか、憧れたり、応援したくなる主人公にするのは、読者の「感情を揺さぶる」ため。
主人公がなんらかのモチベを持っているのは、感情が動くためには、当然必要なことであり――。
世界の設定は、主人公の感情をより「揺さぶる」ために専用設計されていなくてはならず――。
敵がいて味方がいれば、向こうとこちらとの間で、感情が大きく振れるのは必然であり――。
展開は、当然、感情が揺れ動く方向性にあるべきだ。

そして話をどこから書き始めるのかという「スタート地点」。「切り口」についてだが……。
もっとも面白くなる切り口と、もっともつまらなくなる切り口とがある。

しかるに、大変嘆かわしいことであるが……。
だいたいの応募作において、「もっともつまらない」ほうが採用されてしまっている。
よりにもよって、なんで、そこから始めちゃう?
べつの地点から書き出していれば、何倍か面白くなるのに、あーもったいない。
――というケースの、なんと多いことか。

たぶん、思いついた場所がそこからなので、そのまま書いてしまっているのだろう。そうではなく、書く部分の前と後ろも、何ヶ月も何年分も考えておく。主人公なんかは、特に「生まれてから死ぬまで」を考えた上で、彼の人生のうちの、どこがもっともエキサイティングだろうと検討し、もっとも面白くなる部分からスタートするのが、正しい切り出し方なわけだ。

なお「切り口」もアイデアのうちなので、切り口の誤ちは、容赦なく減点ポイントとなる。
これはもっとも簡単に直せる部分だ。どこから書き始めるか。ただそれだけなので。
投稿予定の諸氏は、注意してほしい。

さて。今回の最終選考には2作品があがった。

かたや、話の切り口=書き出し位置の誤り。
かたや、主人公が喜怒哀楽のうちの「喜楽」しか持たず、「怒哀」の欠落した人間味の薄い人物造形。

どちらも6要素のうちの一つに致命的ミスを抱え、結果、面白くないものとなっていた。
よって、両作品とも落選となり、受賞作なしという結果に終わった。

【作品講評】

『お嬢さま、貴方、前向きすぎて迷惑です! ~家なし令嬢奮闘記~』 / 遠屋 堤

ある日突然、公爵令嬢である主人公は、婚約者である王子から婚約破棄を言い渡される。そして実家も没落。学園の寮からも追い出されて、路頭に迷うことになる。
だがホームレスの人たちに暖かく迎えられ、彼らとともに暮らすことになる。日々の生活や、自分でもできるささいな仕事に、喜びを見いだすようになる。
そんな彼女には目標ができた。居酒屋をやるという目標だ。
――というお話。

ざまあ系のテンプレなので、王子への怒りとか、自分の境遇への哀しみだとか、そういうものを主人公は持つであろう。――と、通常、読者はそのように期待する。

だが主人公には「喜怒哀楽」のうちの「怒哀」の感情が欠落しているので、怒ることも嘆くこともなく、のんびりと危機感なくほっつき歩き、そして異常なほど人が良すぎるスラムの住民たちに保護されてピンチにもあうこともない。

この主人公は、どこかがおかしい。

主人公には「狂気」が必要――という話を過去の選評で何度か書いている。
「狂気」にはいくつかの種類があり、なにかが過剰であったり、なにかが欠落していたりする。
過剰なのは「愛情」だったり「戦闘能力」だったり「フェチズム」だったり「覚悟」だったりする。
欠落しているのは、たとえば「常識」とか「倫理観」とか「手加減」とか「容赦」とか、そういう類いのものである。

人間の基本感情である喜怒哀楽が欠落しているのは、まずい。そもそも人間でさえない。
アヤナミ系に代表される無表情キャラがあるが、あれは感情が欠落しているのではなく、蓋をされているだけなのだ。内面にはぐつぐつとした高圧の感情があったりする。それが蓋をされて出てこない。だからデンジャラスでスリリングで、味わい深いキャラとなるのだ。

この作品は人間ではないものが主人公になっているので、読者の感情を揺さぶることができない。よって、面白くない。

『勇者様と旅に出たら世界を滅ぼすことになってしまいました。助けてください。』
 / 三十三

魔王を倒しに向かった勇者と聖女だが、魔王は強大で、勝てそうになかった。勇者の危機に、聖女は封印していた力を用いる。その結果、力が暴走して、怪物となってしまう。
暴走した聖女に力を奪われて弱体化した勇者と魔王は、なんとか逃げ出しはしたものの、このままでは世界の破滅。魔王は自分の力を勇者に与え、「魔王の力を振るえる勇者」を誕生させる。
最愛の聖女を元に戻すため、勇者は魔王と共に旅立つのだった。
――というお話。

切り出し方が、致命的に悪い。話を始めるスタート位置がまずい。

いきなりの魔王戦。そこからバトルシーンが、規定枚数の半分。文庫にして20ページも続いている。

この手の「魔王との決戦後」を描くテンプレはたくさん存在する。
しかし、そのどれもが、戦闘場面から開始していても、ほんの10行ぐらいで、さくっと終了しているか、あるいは戦闘場面など一切書かず、すでに終わった出来事としているか、どちらかである。

そこには理由がある。

いきなりの戦闘では、大事なことが、ほとんどなにもわからない。
主人公がどんなやつかもわからず――。どんな理由で戦っているのか、まったくわからず――。
勇者と魔王がいて戦う世界だという設定はわかるものの、それだけでは、なんの変哲もないありきたりな世界観としかいえず――。
敵は魔王で、味方はパーティメンバーであるのだろうが、それらがどんな人物なのかもわからず――。

その状態で、延々と、文庫本20ページほども戦闘シーンだけ読まされるのは、苦行を通り過ぎて、もはや拷問である。

決戦場面など、「過去の出来事」として本文中から追いやって、もっと別の場所からはじめるべきだ。
たとえば――。
聖女を失った主人公が、飲んだくれて酒浸りのダメ人間と化しているところに、ロリ幼女化した魔王がやってきて、求婚しつつも、最愛の聖女を取り戻す方法というエサをちらつかせ、えっちな儀式で魔王の力を継承して、黒勇者が爆誕し、俺はやるぜー! 彼女を取り戻すぜー!
――とかいう切り口にしていたら、だいぶ見栄えもかわったのではなかろうか。
切り口によって、その話が、なんの話であるのかが変わる。
たとえば、決戦から開始した場合、これは、「勇者が聖女を失う話」となる。
しかし、聖女を失った以降から開始すると、これは、「失った聖女を取りもどす話」となる。
同一の時系列上で動いている一連の出来事であるのに、スタート地点をほんのちょっと変えるだけで、まったく別の話になってしまうわけだ。
どこを切り出すかは、どれが最も面白くなるかで決める。
一般的にいって、ただつらくて苦しくて悲しいだけの「失う話」よりは、「取りもどす話」のほうがダイナミックだし、興味が持てるし、応援したくなるし、需要があると思われる。

よって勇者が聖女を失う話としている、この切り口は最適とはいえず、「取りもどす」切り口のほうが、より適切である。

作品自体には、IP小説部門として、評価するべきアイデアはいくつもあった。
愛した女が、魔王を超える怪物となって、世界の敵となる。――という展開には、感情を揺さぶるポテンシャルが多々ある。だが話の展開として、安直に「救う」方向に向かってしまっているのは、いただけない。「殺す」と「助ける」の間で揺れ動くのが、もっとも感情が動いて美味しいドラマとなるはずだ。

また「黒勇者」とか。「ロリ化魔王まさかのヒロイン枠!」とか。「人食いヒロイン(アナタヲタベタイ)」とか。
評価に値するポテンシャルは何点かあったものの、切り口を致命的に間違えているので、その一点にて、落選となった。

(敬称略、順不同)