集英社ライトノベル新人賞
第14回
IP小説部門 #2
最終選考委員講評

(2025.7.18)

新木伸 先生 総評

 IP小説部門の審査にて、毎回毎回、「5つのわかる」を提唱し、口を酸っぱくして言ってきた成果なのか、今回は比較的条件の満たされている作品が多くて嬉しい。

 ちなみに、「5つのわかる」とは、以下の5項目である。

・どんな主人公か。
・どんな目的(モチベ)を持っているか。
・どんな世界か。
・どんな味方か。どんな敵か。
・どんな展開か。

 結論から言えば、5項目をすべて満たした1作品が入選となった。
 残り2作品は、5項目のうちの、一つないしは三つほどが欠けていたため、落選となった。

 もちろん、エンタメの大命題として「読者の感情を揺さぶる」という大目的があるので、それさえ達成しているなら、5項目をなにひとつ守らなくても入選は可能だ。
 しかし難易度的には、「スポーツ力学を無視してオリンピックの金メダルを取る」如きものとなるので、投稿者諸氏においては、5項目を強く念頭に置き、物語序盤の「魔の40ページ」を乗りきるようにしてほしい。

【作品講評】

『俺は魔王を殺してない』/ レトリック

 勇者である主人公は、七人の英雄たちを率いて魔王を倒しに行った。だが決戦前夜の宴のあとで眠った後、目覚めれば仲間に置いてけぼりをされ、魔王城に行ってみれば、魔王は倒されパーティは全滅していた。
 魔王討伐の凱旋パーティで、どれだけ称えられようとも、彼の心は浮かばれない。死体のなかった二人の仲間が、真相に関わっていると考え、彼は真相を究明することを決意するのだった。
 ――というお話。

 まず厳しいことを言うことになるが……。
 主人公のモチベが貧しすぎる。

 エンタメは、読者の感情を揺さぶる種類の娯楽である。
 一番簡単かつ確実な方法は、主人公の感情を揺さぶること。感情移入してれば、それで読者の感情も自動的に揺さぶられるので。

 感情の種類は、喜怒哀楽の4つ。

 しかるにこの主人公、喜怒哀楽のうち、「哀」しか持っていない。
 まず仲間に置いてけぼりされたことが、最大の哀しみ。
 次点で仲間が死んでしまったことへの哀しみ。三番目が勇者として大活躍できなかったことへの哀しみ。

 哀しみっつーたって、これはもうほとんど、不平不満でしかない。
 ちっちゃくて利己的すぎる。とても応援できるようなものでない。同情も難しい。感情移入だって困難だ。

 さらに喜怒哀楽のうちの一つのみを武器にする手法は、難易度が非常に高くなる。
 唯一、「怒」であれば、単一属性で通用する武器になるポテンシャルを持っているのだが……。(例:愛する人を皆殺しにされた復讐物)

 そんな困難なイバラの道を、わざわざ歩まなくたって……。

 喜怒哀楽の4種類をまんべんなく使う方法が、もっとも簡単かつ確実なのだが。

 たとえば「ざまあ系」などは、捨てられた哀しみ、復讐の怒り、新しくできる味方との友愛による喜楽。――と、四種全てで感情を揺さぶっているので、万能かつ万人受けする、強コンテンツとなり得るわけだ。

 また、構成面のほうでも、厳しい点があった。

 4ページ分が、凱旋パーティで、倒していない魔王討伐を賞賛されて、困惑して悩む主人公。
 9ページ分が、決戦前夜の宴。
 17ページ分が、魔王城に行って死体確認。

 ……というページ配分なのだが。
 宴と死体確認は、そんなに文章を費やして書くべき内容ではない。
 宴では仲間7人全員のキャラを立てているが、どうせ、次のシーンで死体になって、二度と出てこない人物たちである。
 死体確認の惨状なんて、延々と読まされるのは苦行に近い
 文章はたしかに上手ではあるのだが、そこに自信を持ち過ぎて暴走しているきらいがある。
 破壊痕だの無残な死体だの、一般的な感性の持ち主は、あまり直視したくないものだろう。文章が上手いのであれば、なおさらだ。

 文章力に慢心して、いらんことに筆を走らせるより、もっと他に書くべきことがあったように思う。

 この作品は、おもに、感情面における揺さぶり度合いの少なさによって、落選となった。

『超常存在の超常存在による超常存在のためのオカルトサークル』/ 和菓子屋さん

 平凡な大学生活を送る主人公は、たまたま、自殺しようとする少女を助けた。少女のかわりに主人公が死んでしまったことは、死神にすれば大きな不始末で、その隠蔽のために、アンデッドとして生き返らされてしまう。
 助けた少女は美人だが、コミュ症根暗のオカルトマニア。命がけで助けたことで、めちゃくちゃ惚れられてしまう。
 だが自分にベタ惚れの美少女も、アンデッドになってしまった人生も、主人公にとってはどうでもよく――。平凡な大学生であるが非凡極まりない主人公は、彼女に次々と襲い来る死の運命を撃退することに「やり甲斐」を見つけるのであった。
 第一の運命は、二時間後に彼女を吸い殺す吸血鬼少女で――。
 ――というお話。

 うん。口を酸っぱくして言い続けている「5つのわかる」がちゃんとある。
 ちなみに、「5つのわかる」に関しては、以下の通り。

・どんな主人公か。
・どんな目的(モチベ)を持っているか。
・どんな世界か。
・どんな味方か。どんな敵か。
・どんな展開か。

   主人公がどんなやつで、どんなモチベを持っているのか。
   どんな世界なのか。(現代で死神やら吸血鬼やら、たぶん異能などもある世界)
   味方は死神。純粋な味方ではなく、不祥事を隠蔽したいが故の味方行動であるが、まあ味方は味方。一捻りしてあって、アイデアとしても面白い。
   展開は、最後に吸血鬼少女がやってきたことから、今後も次々と凶状持ちのヒロイン候補がやってきて、殺害を妨げられたうえで仲間に堕ちると思われる。
   期待ができる。

   主人公の「狂気」に関しては、若干、理解しづらい面があった。
   この主人公、これまでの人生において、数々の善行を積んできている。
   「子猫を拾う」「木に引っかかった風船を取る」「クラスのイジメを止める」などなど。

   だがそれらすべての善行は、いわゆる「普通の理由」から行われたものではない。「可哀想」とか、そうした普通の理由は、主人公にとってはどうでもよく、主人公にとって重要なのは「自分には可能」という認識だけだった。

   だいぶサイコである。
   いーい感じに狂気をはらんだヒーロー体質である。

   今回も、自殺者を助け、その後の死の運命に抗う展開も、主人公にとっては、やり甲斐のあるチャレンジミッションでしかない。惚れて慕ってくるヒロインに対しても、下心なんてあるはずがなく、塩対応。
   あー、カッコいー。

   問題は、商業出版する際の、「美味しそうに見せる」パッケージングであるが……。
   ポテンシャルは充分に秘めているので、入選とした。

『村人Aとヤンデレ勇者(♀)』/ 九條葉月

  幼馴染みの少女が勇者をやっているパーティに、唯一の凡人枠で参加している主人公は、四天王との戦いをきっかけに、パーティを離脱することを考えていた。
  主人公は決して役立たずではなく、戦力以外のあらゆることでパーティを支えていたのだが、ギルド長に説得されても、他のパーティメンバーからどれだけ絶賛されても、まるで実感が伴わず、パーティを離脱してしまう。
  主人公を溺愛する勇者は、ヤンデレと化してしまう。戦いをほっぽり出して、主人公の待つ「我が家」に一目散に帰還するのであった。
  ――というお話。

  鈍感系かつ、辞めたがりの主人公なのだろう。――と、察しはつく。
  だが主人公のモチベが早々に解決されてしまっているので、話が持たない。

  「辞めたい」をモチベにするのであれば、解消させてはならない。延々ずるずると何十万文字にも渡って、「辞めたい」けど「辞められない」を続けなければならない。解消していいのは、最終回だけである。

  辞める以外に「主人公のやりたいこと」があるなら、きちんと作中に書いたうえで、物語をその目的に向かってチューニングしなければならない。

  無口系・激ラブ・ヤンデレヒロインのキャラ立てであるとか、パーティの面々だとか、ギルド長だとか、脇役にも味がある。
  今後繰り広げられるであろう、ラブコメ展開も期待がもてる。

  ポテンシャルは多々あるのだが――。
  主人公のモチベの欠如は、いかんともしがたい。

  よって落選となった。

(敬称略、順不同)