第6回集英社ライトノベル新人賞ゲスト審査員講評

アニメ監督 イシグロキョウヘイ氏

「対照的な二作品だな」。これが両作品を読み終わっての感想です。最後の一文を書くまでの道のりは大変でしたでしょうが、それぞれがそれぞれの意志と意図を持って作品を完成させた。その事実を両作者さんとも誇って欲しいですね。本当にお疲れ様でした。
正直ライトノベルを読む機会はほとんどありませんでして…、文体の傾向や様式等はなんとなくの知識でしか語れないのですが、両作品とも所謂「トレンド」は掴めているようです。しかし読者の感心を引くためのトレンドは、結局の所、作家が小説を書く意味には繋がらないと思います。主人公の容姿、境遇、主人公に対するサブキャラクター達の反応、シチュエーション、それらのトレンドはどれだけ練っても舞台装置の役割しか果たせない、というのがイシグロの持論です。なので両作者さんともトレンドに振り回されず、本当に書きたい事の追求をして、作家としての本質を文章で表現していってくださいね。

この生まれ変わった世界で
「転生」というトレンドに付きまとう「死」について、作者さんの意見を聞きたいなと思いました。一度死んで、再び生まれ変わる。そこに作家としての自意識が有るのか無いのか。命のやり取りをエンターテイメントにする覚悟を作中のどこに込めたのか。込めたのだとしたら、この題材を扱った意味は? それとも、本当に伝えたい事の隠れ蓑にしている? もっともっと、曝け出した本質を作品から滲ませて欲しい、そう感じました。終盤に主人公から発せられる「害獣」という言葉…、イシグロ的にはこの言葉に作者さんの意志を強く感じましたが、とても胸が締め付けられました。作品の序盤からこういう意志を見せて欲しかったです。
そして技術的な話ですが、挿絵が有ることが前提で文章が書かれている印象を受けました。つまり文章中にキャラ、場所、シチュエーション等を連想出来る単語が少ないということです。イシグロはアニメ屋なので、文章を読むことで頭の中に映像を思い浮かべようとするのですが、文章に於ける描写技術が未成熟だと感じました。その辺りの技術を客観的に考え、そして磨いていけば、作者さんが思い描く作品がより良く形作られるはずです。その未来に、期待しています。
モラトリアム・パープル
デビュー当時の馳星周の作品を読んでいるような感覚を覚えました。今作をノワール小説と言っていいかはわからないのですが、作者さんの趣味嗜好と読者を楽しませようとするエンターテイメント性とが上手く融合していて、非常に楽しく読めました。文章中から空気、匂い、色彩、温度が滲み出ており、読者を世界観に引きずり込む技術力も申し分ないです。扱っている題材が非常に重く、作中の描写も目を逸らしたくなるようなものがあったりしますが、それでも最後まで読ませてしまうパワーを作品から感じました。
そんな中、敢えて苦言を呈するならば、作者さんがキャラクターに感情移入し過ぎていると感じるシーンが幾つかある事ですね。特に終盤のシーンのセリフ応酬劇…、あれは作者として客観的にキャラの感情を追えていましたか?それとも衝動に任せたものですか? まぁ…、衝動に任せて書きたいものを書く、その情熱が作家を目指す一番のモチベーションでしょうから、熱量が感じられるのは良い事なんですけどね。しかし客観的にキャラを追う事は非常に重要です。これは技術です。プロを目指す作者さんへの、アニメ屋からのアドバイスと思ってください。

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