特別ショートストーリー

「どーじんし即売会に出るのだお~」
 幼稚園児みたいな声で新田菊華部長が言った。
 ちなみに彼女は幼稚園児ではなく、いい歳したJKです。さらにちなむと二年生、僕より一コ大人のはずです。
「…………」
 つまりそんな上級生に僕は言葉を失うわけです。結果、沈黙の睨み合い。
「だお~」
 白けた静寂を破ったのは、幼稚園児みたいな声テイク2と来ましたよ。
「あのう先輩……なんすかそれ」
 なんですか、その声。
 なんですか、その語尾。
 なんですか、その甘ったるい微笑。
 そして何より、なんですかいきなり同人誌即売会って。
 という様々な疑問をコンパクトに圧縮した僕の「なんすかそれ」ですからねコレ。
「んっとねぇ~? わたし今日、このふぉーまっとにしたの~。えへっ、よろしくお願いしまぁ~す」
 ぺこりん♪
 つって、アタマを前ではなく横へ倒しましたよ、この高二。
 ちなみにフォーマットというのは、新人類(笑)であるこちら新田菊華さんいうところの、換装式擬似人格(笑)です。元来、無感情(笑)である彼女は、TPOに応じた各種の擬似人格をインストールすることで我々旧人類との円滑な社会交流をなんたらかんたら──
 ──あ、よく分かりませんか。分かりませんよね。僕も基本的には分かってません。ていうか信じてません。
 ぶっちゃけ言います。このひと、おかしいんです。
 どこがおかしいかって言うと何もかもおかしいんですが、例えばコレこのように、めちゃめちゃキャラ作ってくるんです。それも極端に。かつ安直な。
「はやや、なんで黙ってるお~? もぉー、なんかゆってにょ~!」
 ね? ほら安直でしょ? なんなのよ、その一昔前の二次元キャラみたいな口調。
「なんすか、その一昔前の二次元キャラみたいな口調」
 なんかゆえと言われたから思ったまま言ってやりましたよ、ぼかぁ。
「ふぇ? なにが?」
 人差し指ほっぺにつけて首コテンとかそんな。文字通りコテコテの古典でそんな。
「だから、その例の、フォーマット? でしたっけ?」
 もちろん僕は新田先輩の口にする新人類だの擬似人格だの(中略)だの数々の痛々しい設定を信じているわけじゃないけども、それは微塵もないけども、けども、まあ……ええまあ、いろいろあって、ある程度は「はいはい」的なトーンでとりま付きあったげるスタンスなのだ。
 いえ? 違いますよ? べつにこの変人クッソ変人だけどクッソ美人だからなクッソ、とかそういうことではないですよ?
「や、だって、珍しいじゃないですか先輩。そういう……なんていうか、そういう」
 そういう萌え方向のフォーマット──
 ──なんて言葉はとりま呑みこんだけども。
 なぜなら僕が提示しかけたのは、あくまで世間一般で区分されるところの「ザ・萌えキャラ」といったニュアンスだったのだけど、しかし一歩まちがえば、この僕個人が幼女性を嗜好するだおフェチ、世間一般で区分されるところの「ザ・ロリコン」と誤認されうる危険を孕んでいると気付いたからだ。
 僕は思春期まっさかり。むしろザ・硬派を気取りたいお年頃だった。
「ま、俺的にはどーでもいいんですけど」
 一人称だって対外的には「俺」なんだぜ僕。ハッ、硬派だろ?
「でも俺、今まで先輩の、そのフォーマットってのいろいろ見せられてきましたけど……大概ババアOSとかアバズレOSとか可愛げの欠片もない方向性ばっかでしたよね」
「ふぇぇ、なにそれひどいお~」
 上目遣いで潤んだ瞳を向けられた。
 ふん。だから安直だっての。いくら見てくれだけは超高校級の美少女っつったって、そんなコッテコテの媚び媚びのどう見ても100パー計算ずくの泣き落とし攻撃に、この最強硬派で知られる俺様が引っかかるわけちょ待ておい不覚にも可愛いじゃねえかブッ殺すぞコノヤロウ。
 なお、ここだけのトピックスですが、僕は将来的に硬派志望であるものの、現状ちょっとそのあのえっと、じょ、女子と目が合ったりするとソワソワしてしまう繊細な一面があったりなかったりします。
 い、いや、べつに緊張するとか意識しちゃうとか、そこまでのアレではないんだけどね? うん、まあ、元演劇部の糞ビッチ先輩方なんかは童貞くせえwwwwとか好き勝手言うんだけども、馬鹿言ってくれます、性に真摯な我が国に経験済みな高校一年生なんかいるわきゃねえッてンですよ。
 ……え、いないよね?
「どこ向いてるおー!」
「いえ目を逸らしただけです」  うっかり萌えそうになったので。
 えー、ところで申しおくれましたが、ていうか出来ることなら申しおくれたままフェイドアウトするつもりだったのですが、正直なところ僕は二次元メディアであればこの手のキャラは嫌いじゃないです。嘘です。そこそこ好きです。
 しかしそれはそれだお。リアルで高二女子がだおだお言っちゃ駄目だお。それはもう通報沙汰だお。
「もうっ、こっち向くお! ていていっ、体当たりだお!」
「…………」
 いやまあ通報するほどのことでもないですけどね。
 いえ違います。べつに女子の体当たりって柔らかいんだなあとか良い匂いがするんだなあとかそういうことではないです。
「てか、だから先輩? なんで今日はそんな媚びたフォーマットなんですか」
 僕はふたたび、そしてより端的に訊ねた。
「どーじんし即売会に出るのだお」
 そしてふりだしに戻った。
「われわれの活動を記録したどーじんしを出して、われらの崇高な思想を広く世に知らしめるのだお」
「はあ」
 果たしてその戦略にいかほどの効果があるかは置いとくとして(置かざるを得ない)。
「じゃあ、それとそのフォーマットに何の関係が?」
「ふふふ……《機関》のマーケティングによると、当該市場においてはこの種のフォーマットが人心を掌握しやすいと導きだされたのだお」
 それはまた随分と底の浅いマーケティングですなおい。
「えー、それ何OSっていうんですか。幼女OS?」
「んっとね、たしかオタサーの姫OSとか言ってたお」
「やめましょう。それはかなり限定的な範囲にのみ通用しうるフォーマットです。そして範囲外にはむしろ逆効果を及ぼします」
「そなの? はやや、あぶなかったお。えへへ、教えてくれてありがとね? やっぱり男子は頼りになるんだ……実は私、こんな風に安心して話せる男の子って、君が初めてだから……」
「や、やめてくださいよ、そんな……」
 どうせ……どうせ、そういうこと、サークルの男みんなに言ってるんでしょう……?
「って、俺を落としにかかるなあああ!」
 そもそも僕は、この部で自分以外の男子を見たことがない。
 そもそも以前に、ここは何部なんだよって話ですよね。
 申しおくれました、演劇部です。もう終わってるんですけどね。
 だから現在、登録上は何部でもありません。虚無です。虚無部です。嘘ですけどね。
 主な活動内容はと言えば、来たる終末戦争に備えて人類の革新的な進化を促すことです。んなわきゃないですけどね。
 よく分かりませんか。ええ分かりませんよね。僕も基本的には分かってません。ていうか信じてません。
 なのに崇高な思想(笑)を世に知らしめるとか言われてもどうすればいいんだ。
「どうすればいいんだ」
 聞いてみました。
「こうすればいいんだ」
 なかばオウム返しで胸を反らされました。正直でかい。一瞬「ほう」ってなったけど硬派なので平静を装アレDかなEかな実はパッドでAとかBかもそれならそれで逆にアリかも?
「ほう、どうするんだ。説明してみろ」
 平静を保てなかったので腹癒せに命令した。
「敬語使え後輩」
「すいません」
 だお弁じゃなかったけど、このひとのキャラぶれなんて、さほど珍しくもない事案なのでスルーです。
「では順を追って説明しよう」
 新田菊華の企てた壮大なプロパガンダ計画、その端緒がいま詳らかにされる──
「(1) まず手早く同人誌を作ります」
 ──と思ったらかなりの大雑把だった。
 いや『手早く作ります』じゃねえよ。手早く泡立てますみたいに言うな。ホットケーキか。そこの説明いちばん端折っちゃ駄目なトコでしょうが。
「あの、先輩……ちょっと待ってください。念のため窺いますね。誰が、どんな本を、どういう風に作るんですか?」
 辛抱強さ2リットルに、俺そろそろ帰ろうかな大さじ一杯を入れて手早く泡立てたものが、こちらの質問になります。
「まさかとは思いますが、また俺にぜんぶ書かせるつもりじゃないっすよね?」
「えっ」
「えっ」
 僕らはしばし互いのきょとん顔を見つめあった。
「……図星かよ」
 先に目線を外したのはどちらでしょう。答えは七兆年後。
「すみません、俺そろそろ帰っていいっすか」
「 ゆ る さ ん 」
 居直り強盗とはこのことか。新田菊華は一切悪びれることなく、高らかに胸をそびやかした。案の定でかい。一瞬「なるほど」ってなったけども硬派なので平静を装まじでDかなEかな寄せて上げてて実はCかもそこに天使が隠れているかも?
「さっき先輩、この部の活動記録とか言ってたけど。うちら実際ンとこ、ほとんどなんも活動してないじゃん」
 平静を保てなかったので腹癒せに抗議した。
「ふぇぇ、ひどいお~。意地悪ゆっちゃヤだお~」
「うるせえ!」
 僕は、かわゆく左右の頬に両こぶしを添えてふるふる揺れる新田菊華のどてっ腹に岩をも砕くミドルキック突っ込みをブチ込みたかったが我慢した。
「戻ってくんな! 帰れサークラ!」
「あ、帰っていいの? じゃあ私イベント申しこんでおくからあとよろしくね」
「うそうそ待って! おねがい待って!」
「敬語使えよ後輩」
「待って……くださ、い……?」
 なんだこの理不尽。なんというブラック部活。まあ終わってるんだけど。
「ハァ……」
 仕方ない。こうなったらこの理不尽な実態を白日のもとに晒してやろう。ククク、これはこれでやる気が出てきたぜ!
 僕はノーパソを開いて灯を点けた。
 なんだかんだ言ってこんなやりとりを少しばかり楽しいと感じてしまっていることは内緒だ。
「…………いつもありがと、有田君」
「は? なんか言いました?」
「ううん、なんでも」
 聞こえてましたけどもね。なんか照れたんです。硬派だから。
 あ、そう、あと。またまた申しおくれました。今のアリタっての、僕の名前です。
 それじゃ。縁があったらまだどこかで。