草薙護堂は神様を殺してしまった魔王とやらである。
 カンピオーネとも呼ばれ、多くの人から怖がられたり迷惑がられたりしている。
 しかし、護堂は大魔王さまである前に高校生であった。神様や魔王仲間とのケンカ沙汰に巻きこまれることの多い日々だが、やはり学生の本分にこそ力を入れたい。
 学生の本分。すなわち勉強である。

「ガスコインやランスロットの騒ぎもあったから、テスト勉強が進んでないんだよな」
 一一月の最終日、護堂は憂い顔でつぶやいた。
 すでに二学期も終盤である。城楠学院の高等部では、一二月の第一週に期末試験が催される予定だった。だが、最近の護堂はひどく多忙であった。
 まず学園祭。そのあとはアテナ再襲撃。神祖グィネヴィアの暗躍。
 さらにアレクサンドル・ガスコインによる天之逆鉾の奪取。それを追って渡英したら、今度は東京湾で浮島の騒動。そして、槍の軍神ランスロットとの死闘……。
 結果、自然と学業はおろそかになる。
 期末テストに向けての準備は、十分とは言えない状況であった。
「今からでも気合い入れて勉強しなきゃだな。巻きを入れていこう」
 根がまじめな護堂は、誓うように言った。
 すると、そばにいたエリカが決意をくじくように笑いかけてくる。
 ちょうど天気のいい日の昼休みで、護堂・エリカ・祐理・リリアナという『いつもの面子』で中庭に集まり、ランチ中だったのだ。
「今さら努力しなくてもいいんじゃないかしら? 護堂の場合、学業成績が将来のキャリアに影響することもないでしょうし」
「あのな……俺は高校で留年とか落第を経験する気ないぞ」
 さらに言うなら、職業欄に『魔王』とか書きこむ予定も。
 だが、エリカは尚も軽やかに笑う。
「大丈夫よ。日本の学校を卒業するのがむずかしそうならヨーロッパに留学して、そのまま大学まで進めばいいんだから。わたしたちの結社《赤銅黒十字》と提携している学校が向こうにはいくつかあるの。いつでも手配するわよ」
「外国に移住する気だって、今のところないっ」
「じゃあ、『教授』の魔術をかけてあげましょうか? 教科書の内容くらい、かんたんに丸暗記できるの知ってるでしょう?」
「神様との戦いじゃないんだから、そんなカンニングできるか!」
 悪魔的提案を一蹴してから、護堂は仲間たちに問いかけてみた。
「みんなは結構、成績よかったよな。今度のテストも大丈夫そうか?」
「基礎教養や文系に属する教科は問題ないのですが……」
 憂鬱そうにリリアナが答えた。
「数学、物理といった理系の教科はどうも苦手です。暇を見て、すこしずつ復習してはいましたが、はかどっているとはとても言えませんね……」
 なるほど。リリアナは完全に文系の人なのか。護堂はうなずいた。
 ある意味で、アナログの世界で生きる『魔女』にふさわしい傾向だとも思える。
「リリアナもエリカも歴史とか妙にくわしいもんなあ」
 歴史どころか考古学、比較文化学などにもくわしい異様な十代女子なのだ。
 さらに言うと、国語の現代文・古文・漢文でも当たり前のように好成績をマークする。日本語のネイティブスピーカーである同級生たちの立つ瀬がないほどに。
「だがエリカ。その手の科目が得意じゃないのは、あなたもいっしょだろう? ちゃんと準備はしているのか?」
「それは愚問よ、リリィ」
 リリアナに確認されて、エリカは悪戯っぽく微笑んだ。
「エリカ・ブランデッリはね。自分が面白いと思うことの研究になら、いくらでも時間をついやすけど……無機質な記号と数式の羅列に形而上的な意味を見出そうとするほど、暇を持てあましてはいないわ」
「あー……つまり、何もしてないんだな」
「ええ。テストがどんな点数だろうと、わたしという人間の何が変わるわけでもないし。為すがままでいいんじゃないかしら」
 護堂のつぶやきに、あっさりとエリカはコメントする。
 このあたりは揺るがぬ自己を持つ者の強さ、大らかさと言おうか。むしろ感心させられるマイペースぶりであった。
「あ、そういえば。万里谷にはランスロットの調査で、かなり時間を使ってもらったよな。今さらだけど悪い。テスト勉強の方にしわよせがいってるんじゃないか?」
 思い出して、護堂は即座にあやまった。
 謎めいた軍神の素性を探るため、祐理にはプリンセス・アリスと共に欧州の地で幾日もすごしてもらったのだ。
 だが、この謝罪を媛巫女はおっとりと受け流してくれた。
「気になさらないでください。試験にそなえて特別な勉強をすることは、いつもありませんので。大丈夫ですよ」
「え、そうなのか?」
「はい」
 今まで護堂たちのテスト話をひかえめに聞くだけだった祐理。
 たおやかな大和撫子が何の気負いも強がりもなしに微笑むのを見て、護堂のなかである疑惑が浮上してきた。
「もしかしてさ。万里谷は成績が結構いいどころじゃなくて、すごくいい方なのか?」
「――! わ、悪くはない方だと思いますっ」
 はぐらかされた。
 ふつうなら、成績の悪い人間が使いそうな答え方だ。だが祐理のまじめさ・優等生気質・ひかえめさを考慮すると、逆の可能性の方がありそうだった。
 同じことを考えたのだろう。エリカとリリアナも乗っかってきた。
「淑女にあるまじき野次馬根性だけど……わたしも興味あるわね」
「たしかに。平凡な成績だったら、逆に万里谷祐理はあっさり教えてくれそうだしな」
 紅と青の騎士たちが言うのを受けて、護堂は訊ねてみた。
「中間テストは点数どれくらいだった? いや、言いたくなかったら教えてくれなくて全然いいんだけど、もしよかったら」
 三人そろって媛巫女を見つめる。すると祐理は恥ずかしげに目を伏せつつ、小声で「……くらいでしょうか」とささやいてくれた。
 恥ずかしそうな口調に反して、点数の方は全教科満点に近い数字であった。
「学年全体でも、五位以内に入っていそうな点数だな……」
「祐理はまじめだから、毎回そのくらいの点を取ってそうよね……」
 リリアナとエリカが感心する横で、護堂も思わずつぶやいた。
「すごいな。反町と同じくらいの成績だったのか」
「あ……そうだったんですか」
「そうなんだ。あいつ、あれでものすごく成績がいいからさ」
「「え?」」
 祐理のあいづちに答えると、エリカとリリアナがきょとんとした。
「ちょっと待って、護堂。今の名前――わたしたちと同じクラスの?」
「いつも妹やメイド喫茶がどうとか騒いでいる、あの彼ですか?」
「もちろん。反町のやつ、学年トップを狙えるくらいテストの点数はいいんだぞ。……意外に思うのはわからないでもないけど」
「あの子というか、あの子たちのあだなってたしか……」
「三バカ、と言われていたような……」
「まあ、行動と性格がバカっぽいのはまちがいないからな……」
 エリカとリリアナはこの世の不条理に直面したような面持ちであった。
 学校でここまで困惑する彼女たちを見るのは、初めてかもしれない。思わぬ事態に奇妙な感慨を覚えながら、護堂は付け加えた。
「ついでに言うと、名波も俺より頭よかったと思うなあ。高木はたしか、俺と同じくらいの成績だったか?」
 三バカと呼ばれるクラスメイトの名を列挙しながら、護堂はふと思いついた。
「次のテストの前は、ああいう頭のいいヤツに勉強を教わってみるのもいいのかもな。いいかげん俺も荒っぽいことと縁を切って、高校生らしいことに集中したいし」
「次のなんて言わずに、今回のテストでもやればいいじゃない」
 エリカに言われて、護堂は苦笑した。
「期末までもう何日もないんだぞ。いきなりそんなこと頼んだら迷惑だろ。向こうだって自分の勉強してるだろうし……」
 言ってから気づいた。そういえば『特別な試験勉強をしない』と明言した成績優秀者がすぐそばにいたような。
 提案したエリカはといえば、すでに彼女の方を見つめていた。
 視線の意味に気づいてリリアナも、そして護堂もそちらを見やる。三人からの注視を受けて、ひかえめなお嬢さまは恥ずかしげに身もだえした。
「というわけで祐理。あなたには道の先をいく先達として、わたしたちを教え導いて欲しいと思うのだけど、どう?」
「あ、あの、教え導くなんて、おこがましいと言いますか……」
「勉強会ということでいいじゃない? 正直、定期試験の準備なんかで時間を使う気はまったくないの。でも、たまにそういう目的で団結しておくのも、わたしたちにとって面白い刺激になると思うのよね」
 エリカらしい言いぐさを聞いて、護堂は苦笑した。
 だが、たしかに学校行事で力を合わせたことは今までなかったような――。そのことに祐理も思い至ったのかもしれない。
 くすりと微笑んでから、やわらかな声で言ってくれた。
「私などでお役に立てるかはわかりませんが……でも、みなさんといっしょに勉強するのはたしかに楽しそうですね」

 放課後。四人は緊急の勉強会を開くべく、いっしょに学校を出た。
「どこに行こうか。やっぱり俺の家か、エリカのマンションあたりがいいかな?」
「こういうとき、日本の学生はよく学校近くの飲食店に集まりますよね?」
 校門を出たところで護堂が言うと、リリアナに確認された。
「ああ。ファミレスとかファーストフードの店なんかにな」
「どうせですから、わたしたちもその慣習にならってみましょう。郷に入っては郷にしたがえ。ローマではローマのやりかたがいちばんいいはずです」
 勉強会という企画に遊び心を刺激されたらしい、リリアナの提案だった。
「そういえば、私も茶道部のみなさんとああいうお店にときどきごいっしょします」
「食事を味わうためなら遠慮したい無個性な場所だけど、様式美を踏襲するのは悪くないわね。リリィの案に乗りましょう」
 祐理がすこし目を輝かせると、エリカも鷹揚にうなずいた。
 集まりの主目的が『勉強』から『会』に変わってるなと苦笑しつつも、護堂は異論を唱えなかった。テスト直前の勉強会で実利を重んじるのは野暮だろう。
 大切なのは『みんなで集まって勉強した』という事実なのだ。
 それにしても――。
 エリカ・祐理・リリアナの三人はファーストフード店の類と縁のうすい日常生活を送っているらしい。
 一連の発言から察せられた、彼女たちのプライベートだ。
 みんな、やっぱり『ふつう』とはすこしちがうんだなと、護堂はうなずいた。
 魔術やら霊力やらを幼い頃から学んできた、姫・お嬢さま・騎士の一団なのだ。今日は自分が普通人代表の一高校生として、彼女たちをフォローしなくては――。
 ひそかな護堂の決意であった。
 それはさておき、四人で学校周辺のファミレス、ファーストフード店を見てまわる。
 だが、結果はかんばしいものではなかった。
 どこの店も城楠学院の生徒で混雑していて、護堂たち四人が潜りこむ余地はなかったのである。考えてみればテスト直前。『友達みんなで集まって勉強会』を企画・実行するグループはたくさんいるはずだった。
「仕方ないな。やっぱり俺の家に行くか」
 学校から草薙家まで、徒歩一五分程度の距離。
 合理的な代案のつもりだったが、決然とエリカがかぶりを振った。
「いいえ。こうなったら初志貫徹してみましょう。どこか適当な街に電車で移動すれば、空いてる店も見つかるんじゃないかしら?」
 護堂が『本末転倒』の四文字を思い浮かべた瞬間だった。

 そして四〇分後、護堂はしみじみつぶやいた。
「こういう日もあるんだなあ……」
 四人は城楠学院のある根津から上野にやってきたのだが。
 しかし、駅近辺のファーストフード店とファミレスは、どこもいい感じに混雑していた。
 ある店は老齢のおじいさん、おばあさんでいっぱいだった。みんな旅支度をしていた。どうやらバスツアーか何かを終えて、休憩中だったらしい。
 ある店は逆に二〇〜三〇歳くらいの若者たちがにぎやかに騒いでいた。
 彼らのにぎやかな会話を小耳にはさんだところ、みんな小劇団の仲間らしい。公演後の打ち上げで居酒屋へ繰りだす前に、前哨戦をはじめていたのだ。
 また、べつの店では。
 一〇人ほどの若い男女が大量のコピー用紙を店中のテーブルに広げ、ホッチキスで本の形に製本している真っ最中だった。遠目にちらりと見たら、用紙にはマンガとおぼしきイラストとコマ割りが描きこまれていた。
 いわゆる同人誌――コピー本の製本作業のようだった。
 店内で何をしようと結構フリーダムに許される、繁華街のファーストフード店らしい光景ではあった。そういえば、上野は同人誌のメッカだという秋葉原の隣だ。
「探せば俺たち四人くらい入りこめる店はどこかにありそうだけど、そのために時間を使うのはちょっとバカバカしいよな」
 あきらめて、俺の家で勉強会をはじめよう。
 護堂がそう続けようとしたら、エリカが先に発言した。
「じゃあ、いっそホテルの部屋でも取ってみましょうか」
 原稿執筆に行きづまった、一昔前の小説家かマンガ家のような発想。
 護堂は異議を唱えようとしたが、その必要はなかった。
「え、エリカさん。さすがに学生の勉強会でそこまでするのは……」
「費用対効果が悪すぎる。明らかな浪費というやつだぞ」
 祐理がひかえめに意見し、リリアナも憮然とした面持ちで苦言を呈す。
 そうか。護堂は気づいた。
 祐理とリリアナのふたりはスーパーなどで買い物して、自ら料理を作ったりする。その関係で、お姫さま育ちのエリカより金銭感覚が一般人寄りなのだろう。となると案外、自炊経験ゼロの一般的女子高生より、その辺はしっかりしているかもしれない。
 うなずく護堂をよそに、エリカはにっこりと笑った。
「でも考えてみて。この支出で、わたしたちは時間の浪費を回避できるだけじゃないのよ。みんなで集まって勉強に励むという、今までになかった試みで団結をはかることができる。そこまで考慮したら、高い買い物ではないと思うけど?」
 いや、明らかに分不相応な金の使い方だろう。
 即座につっこもうとして、護堂は驚いた。なんとエリカの弁舌によって、
「たしかにそうかもしれませんが……」
 と祐理がうつむき、考えこんでしまったのだ。しかもリリアナまで、
「まあ、その主張に一分の理があるのは認める……」
 と、渋面でつぶやく始末。そうか。またも護堂は気づいた。
 金銭感覚が一般人寄りでも、やはり同じではないのだ。今のエリカ節によって、心が揺らいでしまうくらいには。それと、もうひとつ。
 彼女たちはできるかぎり『勉強会』を非日常のイベントにしたいらしい。
 そのことにも気づいた。いつもふつうっぽいこととは縁のうすい女子たちが、ひさしぶりの平和を学校行事でたわいもなく浪費しようとしている。それが妙に微笑ましくなり、護堂もこのノリにつきあってみたくなった。
 とはいえ、さすがにホテルまで使うのはやりすぎなわけで。
「ちょっと待っててくれ。近くに知り合いのやってる店があるから、場所を貸してもらえないか頼んでみる。こんなことで無駄に金を使うわけにもいかないからな……」
 護堂は携帯電話を取りだした。
 これはこれで少々問題のある代案なのだが、背に腹は代えられない。
 非常事態というほどではないが緊急事態を乗り切るため、護堂は知り合いの力を借りることにした。これもみんなに楽しんでもらうためと思いつつ――。

 数時間後。勉強会はつつがなく終了した。
 この日、たまたま休業日だった知人の『店』を間借りして、祐理を中心に試験勉強。わからないところを訊いたり、逆に訊かれたり。ノートを写させてもらったり、ときどき雑談をしてたわいのない話題で笑ったり。
 まあ、この数時間でテストの点数がアップするかは不明だが、エリカも祐理もリリアナも、護堂自身も満足できるひとときを過ごすことができた。
「じゃあ、俺は今日のお礼代わりに掃除をしてくからさ。みんな、先に帰ってくれよ」
 仲間たちに告げながら、護堂はロッカーから掃除用具を取り出した。
 実はこの店、護堂のバイト先なので、どこに何があるかは熟知している。
 店長兼オーナーから合い鍵もあずかっているため、休業日の今日も店に入ることができたのだ(もちろん事前に許可を電話で取ったが)。
「護堂さん。お掃除でしたら、私たちにも手伝わせて欲しいのですが……」
「その前にいくつか確認させてください。よろしいでしょうか?」
 いきなり祐理とリリアナが顔を見合わせてから、訊ねてきた。
「この店はあなたのアルバイト先である。そして、店の主から合い鍵を持たされるほど信頼されている。そういうことでよろしいのですね?」
 リリアナの問いかけに、護堂はうなずいた。
「ああ。ヤナギさんっていうんだけどさ。ここの店長さん、今いそがしいんだ」
 ヤナギさんの友人がワインと洋食の店を半月後にオープンするのだという。
 昔いっしょにバーテンダーの修行をした古い仲間らしい。人生のかかった勝負を助けるため、店作りとメニューの準備を手伝うことにしたのだとか。
 なので今、ヤナギさんは友人の店がオープンする予定地に足しげく通っている。
 泊まりこみになる日もあり、自分の店がおろそかになるときもしばしばだった。それを気にしたヤナギさんは、唯ひとりのバイト男子に合い鍵を託したのだ。
『僕が店に入るの遅れそうなとき、開店準備とかお願いできないかな?』
『それはいいんですけど、バイトの学生に鍵まで渡すのはいかがなものでしょう? 俺が悪いことしないともかぎらないですし』
『ふふっ。護堂くんがそんなことするはずないだろう?』
 まさか、各地の名所旧跡にしてきた自分の悪行を告白するわけにもいかない。
 イケメンのヤナギさんに微笑まれて、護堂は大いに恐縮したものだ。
『それにさ。大学に通いながらバイト先の店長やる子とか、たまにいるじゃない? 僕もそういう経験あるし。護堂くんもそのノリでひとつ頼むよ』
『あのー……俺は一応、高校生なんですが』
『大丈夫。うちの履歴書だと、“そういうこと”になってるから』
 さらりと文書偽造を告白しつつ、ヤナギさんは言った。
『なんなら開店前に来て遊んでてもいいし、閉店後に泊まっていってもいいよ。そのあたりは好きにしていいから、しばらくパートタイムの店長代理もお願いするよ』
 以上が上野のダイニングバー『three backs』店主とのやりとりだった。
 余談だが、常連さんしか来ていない日などヤナギさんは営業の途中で抜け出して友人の店に向かい、護堂が本当に店長代理をつとめたこともある。
 すごくいい人だけど、ときどき無茶やるよなーと護堂が回想していると。
「たしかにわたしたちは、日本の一般的高校生が言う『ふつう』の基準をよくわかってないのかもしれませんが」
 リリアナが憂鬱そうにため息をついた。
 その隣で祐理も心配そうに店内を見まわしてから、言葉を継ぐ。
「それでも、こういうお店でのアルバイトが『ふつう』でないのは承知しています」
 祐理の視線は、カウンターの向こうにならぶ酒壜の数々に向けられていた。ヤナギさんが十数年かけて集めたコレクションで、貴重な銘酒もすくなくない。
「言いにくいのですが、勉強会の場所にわざわざここを選ぶのも……」
「ふつうとは言えないはずですね……」
 祐理が指摘すれば、リリアナもうなずく。護堂はあわてた。
「い、いや、それはさ。みんなが誰かの家とかじゃなくて、外で勉強したいようだったからだよ。たしかにちょっとマズイかもとは思ったけど、この際いいかなーって」
「そこを“ちょっと”ですませるところが、護堂の護堂たるゆえんよね」
 今の言いわけに、エリカが思慮深げに口をはさんだ。
「そもそも、こういう場所を選択肢として持ってることがおかしいわけだし。護堂って日常の八割方はふつうに暮らしているくせに、残り二割で必ず異様な資質をかいま見せてくれるわよね。さすが神殺しの魔王だわ」
 この心外な言いように、祐理とリリアナの両名も深くうなずく。
 かくして、草薙護堂の『普通人代表・一高校生』という看板に疑問符がつく形で、勉強会は終了したのである。
 明日からはもう一二月という日の、真冬の一幕であった。


 <了>