世界が終わるとさえ言われた戦いが起きた。
大地は砕け、雲は消滅し、海は引き裂かれ、大気が押し潰される。天変地異のようなそれらの現象は、たった二人の人物の衝突、その余波による影響に過ぎなかった。
片や、あらゆる魔を切り裂き滅する宝剣を手にした勇気と希望を人々に与えた者。
―――人はその者を『勇者』と呼んだ。
片や、世界を手中に収めようと絶対的な破壊と恐怖を撒き散らし植え付けた者。
―――人はその者を『魔王』と呼んだ。
両者の戦いは凄まじく、どちらも譲らず、地球が壊れてしまうのではと危惧するほどの激しいぶつかり合いだった。
どっちが勝ってもおかしくない勝負。
結果――宝剣が魔王を切り裂き、見事勇者が勝利。魔王に脅えて暮らす人々の日々が、この瞬間をもって終わりを告げた。
切り裂かれた魔王は深い谷底へと落とされ、その谷を巨大な岩石で圧壊させて閉じ込めた。
仮に生きていたとしても、もう二度と出てこられないようにと。
―――こうして世界は救われた。魔王に恐怖する暮らしから解放され、世界は歓喜に満ち溢れた。
記念に祝日が出来てしまうほどの偉業に勇者、そして勇者に選ばれしパーティーメンバーたちは称えられ、英雄と呼ばれる。
人類の勝利。栄光の瞬間。
人々はこの時の喜びを、嬉しさを、後世に伝え残していくのだった………。
「……何これ。拷問?俺に対しての精神的拷問か何かなの?」
どこかで誰かが呟いた。
教科書を広げ、制服に身を包み、口元をひくつかせている、『この物語』の登場人物でもある誰かが。
(ま、平和になったんならそれはそれでいいことだけど。今も魔王は谷底にいるんだろうからね)
やあやあ皆さんこんにちは、俺が誰だかわかるかな?
などと聞いてもきっと誰もわからない。誰も俺という人物を知らない。それは当然のことなのだ。
何故かって?周りの人間が見ている『俺』という存在は、突然生まれたんだから。今の『俺』が出来る過程を知らない奴には、『俺』がどんな奴なのかは微塵もわかりはしない。
今こうして存在する『俺』は仮の姿………え?いやいや、別に中二病とかじゃないよ?ホントホント。これは『俺』なんだけど、本当の『俺』じゃないんだ。
ぶっちゃけると俺、魔王だったんだよね。
勇者に切り裂かれて死んだはずなのに生きてる訳ないだろ!と思うかもだけど、マジだから。大マジですから。マジで俺魔王なんですよ。
いや……ね?確かにいきなり勇者とかいう野蛮人が剣を振り回して襲いかかってきてそのまま戦ったんだけど、城とかめちゃくちゃにされたんだけど、やっぱり元を辿れば俺たち魔界側が悪い訳じゃん?
原因はどうあれ、脅かしてたのはこっちで、古く長い歴史がそうさせてきてしまっているんだからな。
つまりはそういうこと。俺が死ぬことで脅えて暮らす人間たちの日常を終わらせたのだ。せめてもの償い的な感じで。まぁ魔界側のこともあるからホントには死んでられないんだけど……。
とりあえずは『魔王の死』で世界を平和にした。見た感じ魔王の恐怖から解放されて平穏そのものみたいだし。
で、そんな魔王である俺が人間界にいる理由はというと、端的に言えば勉強のためだ。
魔王という事実を隠し、人間社会に溶け込み、人間のことを勉強する。それが俺がここにいる目的。
また人間と魔物が殺し合うような悲惨な出来事を繰り返さないように、人間たちのことを学び、今後に生かすんだ。
そして俺は、勉強と言えば真っ先に頭に過る場所―――学校へ通うことにした。
つまり俺は今からは魔王ではなく、ただの男子高校生となったのだ!!
人間として人間社会を学ぶ、その場所には学校が最も最適だろう。
だから俺、『真代 扇(ましろおうぎ)という人間』は今日この日より、高校生になるんだ。
そう、あくまでも、あくまでも目的は人間社会の勉強だ…勉強のためなんだ…………。
(っく~~~!リアルJK!スカート短くていいねっ!!)
だから……女の子とのキャッキャウフフはただのオマケ!パンチラとか全然別に興味ないし!
マンガやラノベでよくある学校風景だからって別に興奮とかしてないし!してないしぃ!!
…………フゥ、落ち着け。落ち着くんだ俺。やれば出来る子だもんね俺は。自分の胸の高鳴りくらいコントロール出来なくて何が魔王だよ、なぁ?
「きゃっ!」
「うわっ風が!」
(パンチラァァアアアアアアアアアアアアッッ!!!)
クワッ!!と目を見開き前方を歩く女子生徒の捲れたベールの下を凝視。
は、初めて見た…まさか、転入早々にこんないいことがあるなんて……今の風ナイス!!
「………おっと」
慌てて額を叩き、フッと小さく笑う。
これからなるべく目立たないようにしていかなくちゃならないのにパンチラごときに舞い上がってどうする。男はクールでないとな。
「…っと。いつまでも校門前で立ちっぱなしってのはまずいな。転入初日はまずは職員室に行かないとダメなんだったな」
てな訳でようやく校門を通って学校の敷地内へ。目指すは職員室だ。
だが、その時だった。
「うわっ!危ないよけろ!」
何やら慌てた声が聞こえたのは。
声のした方へ目を向けてみれば、バスケットボールほどの大きさはあるであろう光の塊が一直線に俺の方に飛んできていた。
光の玉の奥には慌ててこっちに駆けてくる男子生徒が二人見える。あの二人のどっちかが放った魔力の塊だろう。
塊と俺の間には誰も生徒はいない。しかし塊と俺の直線上、つまり俺の後ろには生徒が何人かいる。
(俺が受け止めるしかないか)
というわけで左の掌を広げ、腕を上げようとしたその直後、いきなり誰かが俺と魔力の塊の間に割り込んできた。
フワリと浮かぶ、日の光により輝いているようにも見える綺麗な赤に、つい目を奪われた。
「せいッ!」
ゴバンッ!!と真正面から右ストレートを魔力の塊に叩き込んで砕いたのは、まさかの女の子だった。
赤い髪をポニーテールにし、カーディガンを腰に巻いたその少女は右手をプラプラと振りながら、
「コントロールもろくに出来ないのに校門の近くでやってんじゃないわよ」
低い声で窘める。言われた男子二人は謝罪の言葉を口にしてそそくさと校舎へと走っていってしまった。
「まったく」と呆れる少女はポニーテールを振り回して軽やかにこちらへと体を向けた。
少女の顔を真正面から見た感想は単純。可愛いという一言だった。攻撃的なつり目が特徴の、ちょっとしかめっ面だがそんなの気にならないほどの、可愛い女の子。
すぐ近くにいる美少女につい見惚れていた俺に、彼女はこう口を開いた。
「ボケッとしてんじゃないわよ、でくの坊」
「………」
俺は耳を疑った。
しかし彼女の次の言葉に俺の耳は正常なんだと気づかされる。
「あんなのも対処出来ないなんて……あんたなんなの?」
なんなのと言われましても…。
「い、いや、一応受け止めるつもりではいたよ?」
「はあ?何それ、負け惜しみ?」
何故に?
「ボーッとしてると車に轢かれるから気をつけることね、もやし」
一方的に言うだけ言って、名前も知らない赤いポニーテールの少女は行ってしまった。
一人残された俺はガリガリと歯を噛み締めながら後ろ姿を睨み付け、ワナワナと体を震わせる。
周囲に不審な目で見られている事など気にしなかった。
「…な……なんだ、あの超生意気なガキは~~…ッ!?」
〇
名前も知らない赤毛の可愛いが生意気な女の子に俺は腹を立てていた。
しかし、しかしだ。
眼前に君臨する巨大な二つのおっぱいに戦慄し、俺の中のイライラは跡形もなく消し飛ばされてしまった。
圧倒的存在感を放つそのおっぱいは自己紹介をし始めた。
「初めまして真代くん、私はこの学校の教員で、魔法技の授業を指導する福吉 恭子(ふくよしきょうこ)です。よろしくね」
おっぱい…いや、ふくよか…違う、福吉先生の凄まじい圧力に気圧されながらもぎこちなく返事をする俺だった。
肩までの黒髪、凛々しいスーツ姿、芸術的なプロポーション。大人な雰囲気があって、パーフェクトとしか言えない存在である福吉先生に連れられて来たのは薄暗い小さな部屋だった。中央に四角い装置みたいな物が置かれ、それ以外は何一つ物がない。
「この装置はね、人の魔力量を数値化して出す装置なの。これを今からあなたに使ってもらいます」
点々とある小さな電球の微かな光を浴びる福吉先生は、なんだかスッゴク色っぽい。薄暗い部屋に、男女が二人。大きなおっぱい。
………なんだかドキドキしてきたぞ。ゴクリ。
「じゃあ、ここに手を置いて魔力を込めて。その魔力の濃度、性質から体内の魔力量を算出するから」
その言葉に、俺の心の内にあるピンク色の何かが静かに消え去っていった。
魔力を数値化する装置、か。俺が魔王だというのがバレてしまう可能性がある…早速ピンチに直面したって訳か…。
("大丈夫…だよな")
深呼吸して装置に近づく。
「ふふ、そんなに緊張しなくてもいいのよ?」
装置の上には円があり、その中に手型がある。どうやらここに手を置けばいいようなので、俺はそこに手を置く。
俺の手に反応し、装置が作動し至る所がカラフルな光を放ち出した。
「準備オーケーよ、それじゃ、魔力を込めて」
スッと目を閉じ、魔力を掌に集める。
すると、それに合わせるように装置全体が光り出し、正面の空中に光の画面が浮かび上がった。
〇
「という訳で、今日からこの二年四組の新しい生徒になった真代くんです。みなさん拍手」
拍手を黒板の前で浴びる俺は、自分でもわかるくらい固い表情のまま頭を下げた。なんか変に緊張してるんだけど…。
「では真代くん、一番後ろの席に座ってください」
福吉先生がこのクラスの担当教師とか、なんという幸運。毎日この大きなおっぱいを拝めるなんて…絶対休まず学校に来よう。
おっぱいに目が釘付けになっていたが、すぐに言われた自分の席に着く。
(……はーっ…)
そして席に座って眺めた光景に、なんだか感心してしまった。
初めての学校。そして教室の風景。同じ制服を着た生徒たち。席に座ってはっきりと自分がその一員になったのだと実感した。
(よーし、絶対俺が魔王だってバレないぞ。この学校で俺は最高の青春………違った。人間界を勉強するんだ!)
一人ひっそり決意を新たに固め、俺は机の上で拳を握る。
思春期魔王のハイスクールライフが幕を開けた瞬間である。
マンガとかでもそうだが、やはり転入生というのは転入初日はスターのように注目を浴びてしまうものなんだなと思わされた。
どこから来たとかどこに住んでるとかなんで転校してきたとかどんな魔法が得意なのかとか。俺的にはあまり注目は浴びたくないのだがここで突き放すのもそれはそれでまずいだろうな。
やっぱりある程度は仲良くならないと。じゃないと青春を謳歌出来な……勉強出来ないからな!
「初めまして真代くん。私の名は刀野 燐華(とうのりんか)。これからどうぞよろしく」
「あ、ご丁寧にどうも。こちらこそよろしくね、刀野さん」
黒い艶のある綺麗な髪は背中にかかるくらいの長さ。キリッとした目元がそう見せるのか、凛とした雰囲気を身に纏った少女の名前は刀野さんというらしい。
この子も可愛いなぁ…まぁ最初に会った赤毛はともかくとして、この学校なかなかレベル高いんじゃないか?他の学校知らないけど。
「わからないことがあれば聞いてくれ。出来る限り力になるよ」
「助かるよ。刀野さんってクラス委員長なの?」
「いや違う、あいにく私はそういう堅苦しい肩書きは嫌いなんだ」
「へー、じゃあ単に優しいんだね」
「別に優しくなどない。困った時はお互い様というやつさ」
「言ってることが男前だね」
「それはそうだろう、私は男なんだからな」
「なっ、なんだとぉッ!?」
「冗談だ」
び、ビビったー…変な汗出たんだけど一瞬…。
「刀野さんって結構お茶目なんだね」
可愛いという言葉をぐっと飲み込む。さすがに馴れ馴れしい気がするし。
「可愛いね」
飲み込めなかったでござる!
「フフ、ありがとう。可愛いなんて言われたのは最近の記憶にはないよ。だが、嬉しいよりもなんだか恥ずかしいな…」
うっすらと赤らめた頬をかく刀野さん。あらやだ可愛い。そういう所も可愛いです。並みの男ならキュンとくるね多分。
「じゃあ、何か困ったら頼っていいかな?」
「ああ。いつでも頼ってくれ」
「れっれれ連絡先とかも交換してくれちゃったり!?」
「それはまだ早いと思う」
ストップがかけられました。残念。
しかし、やはり初対面の得体の知れない相手にこんなにも優しく出来る人なんているもんなんだな。大抵は警戒して接触するのを嫌がると思うんだけど。
このクラスが当たりだったのか他もそうなのかはわからないが、これだけは言える。
優しく美人な刀野さんにおっぱい大きい福吉先生がいる二年四組は最高だねっ!
「刀野さん、グラウンド行くよー」
「あっそうか。わかった」
「?」
気づけばクラスのみんながぞろぞろと教室を出ていく。さっきの女子生徒が言ったようにグラウンドにいくのだろうか?
「なんでグラウンドに行くの?」
「一時限目は魔法技の授業で、この授業は実際に魔法を使って行う授業だから室内では出来ないんだよ」
「ほほぅ」
なるほど、ちゃんと魔法を学ぶための授業もあるんだな。まぁ魔法学校だし当然か。
みんなが校庭に行くのなら俺も行かなければならない。人生初の学校での授業がまさかの魔法関連なのはちょっと気にかかる点もあるんだが、とりあえず真剣に受けないと。
〇
上履きから運動靴に履き替えてグラウンドに集合。まさに学校って感じのチャイムの音により、俺の人生初めての授業が始まった。
「では、魔法技の授業を始めます」
担当教師は福吉先生。そういえば担当は魔法技って言ってたな。
福吉先生は先程着ていたスーツではなく、上下のジャージといった動きやすい服装に着替えていた。
先生のおっぱいがジャージを内側から押し退けさっきよりも大きく見える。なんだあれは、あんなのありなのか。
「こらお喋りしない。今は授業中、先生に集中しなさい」
してるよ!俺多分誰よりも先生に集中してるよ!だから褒めてください先生!
「今日は四組と六組の合同授業です。それではまずペアを組んで、準備運動をしてください」
この魔法技という科目はどうやら他のクラスとの合同で行うらしい。俺が在籍する四組の他にもいるなーと思ったら、どうやら六組の生徒のようだ。
……ただ、六組の生徒たちを見て思った事が一つある。
(なんか、柄悪いな)
大半が髪の色を染めてチャラチャラしている。校則がそこまで厳しくないのか、俺がいる四組とは印象が全然違って見える。
「真代くん、一緒にペアにならないか?」
六組を観察していた時だ、人混みから俺に向かって真っ直ぐ歩いてきた刀野さんがそう提案してきた。
「いいけど、刀野さんはいいの?いつも組んでる子とかいるんじゃないの?」
「構わないよ。私はいつも同じ相手ではなく、より多くの人と組むようにしてる。そうすれば誰とでも話せるし、仲良くなれるからな」
この子はホント真っ直ぐでいい子だな。見た目の通り一本の筋が通った女の子だ。素敵。
「わかった、じゃあ組もう。あと、別に俺はくん付けじゃなくていいからね」
「そうか、なら私も呼び捨てで構わないぞ」
てな訳で刀野さんとペア。早速青春をしてしまっているなぁ。可愛い女の子に優しくされて、手取り足取り教えて貰えて……。
「?どうした真代、何かおかしかったか?」
「いやいや別になんでも!」
顔をブンブン振ってニヤケ顔をかき消す。危ない危ない。
ペアも決まったところで、福吉先生の指示通り準備運動をし、一通り終えてから先生の指示を待つ。
………ここだけの話、刀野さんは性格からしても真面目だから真剣に準備運動をしていたんだが、もう距離が近いわ髪の匂いがするわ体は柔らかいわでドキドキでござった。
あっまた顔がニヤニヤしてないか確認しとかないと。
「準備運動が終わったら、まずは魔力体の受け渡しから始めてください。危なくないよう距離を空けて、安全に行ってくださいね」
福吉先生の言葉にはっきりと頷いて、刀野さんに向く。
「で、何すんの?」
「今はっきりと頷いてなかったか?」
「先生の言葉を理解しただけだよ。内容まではさっぱり」
苦笑いを浮かべる刀野さん。
「魔力体っていうのは魔力によって形成された球体だ。それをキャッチボールのようにするんだ」
「ほほぅ」
キャッチボールか………あ、もしかして今朝校門近くで飛んできた魔力の塊って、男子二人がキャッチボールやってた時のものかな?じゃないとあんな所で魔力を放つことなんてないだろうし。
「では始めるか。魔力体をキャッチする際は手に魔力を籠めて行う事を忘れないように。体に不可をかけずにキャッチするには魔力体との比率によって変わるから、このキャッチボールはその辺りのコントロールの鍛練だな」
魔力ってのは、言うならば内的エネルギーであり、ある一つの物質でもある。
それを塊にするとただのコンクリートよりも固くなることもある。それはまぁ魔力の密度にもよる話だが、塊の形を維持するにはある程度"固めないといけない"。
魔力体は意図的に固めない限り些細な衝撃で破裂してしまうから、『魔力体との比率を見極め、破裂させないようにやんわりと魔力で受け止める』という繊細な魔力操作を学ぶ物だろう。
魔王の俺からしたら手足の指動かすくらい楽チンな内容である。
すでに周りのみんなはおのおのキャッチボールを始めている。野球ボールくらいのもあればバスケットボールほどの大きさのある魔力体があちらこちらへ飛び交っているのが見える。
その中で、ふと視線が止まる。
その先では六組の連中がキャッチボールをしていた。
「………」
やってることは同じだが四組とは違う点があった。スピードだ。
山なりに放る四組と違い、まるで野球のピッチャーみたいに豪速球で投げている。しかもキャッチした側もすぐに豪速球で返している。
ただ"投げている"のではない、魔力体を掌の魔力を使って打ち出すように放っている。
男子も、女子も。気になったのはそれを"ただ行っている"のではなく、"こちらに見せつけている"ように見える。
まるで、レベルの違いを見せつけるように。
「六組が気になるのか?」
「え?うん、まぁ。なんか柄の悪い連中だなーと思って」
「そうか、キミは転校生だからこの学校のクラス分け制度を知らなかったな」
「制度?そんなのあるの?」
小首を傾げる。刀野さんは右の掌に魔力の球体を作り上げながらも説明してくれた。
「この学校は魔力の量でクラス分けがされているんだ。魔力推定装置はその判断基準で、魔力が多い人間が入るのが六組で徐々に下になっていくんだ」
あれか、朝福吉先生に連れていかれた部屋にある魔力に反応する機械。
数値化出来るとか言ってたし、なるほど、その量でどのクラスになるのかを決めたのか。
「つまり六組が魔力の多い人が集まって、一組が魔力の少ない人が集まるのか…。でもなんかそれ不公平にならない?少ない奴と多い奴をわざわざ分けるくらいだから、それなりに魔力の多い奴らが優遇されてそうなイメージなんだけど」
「確かにそういった物はあるな。魔力の多い人間には魔法の授業が多く、少ない人間はその授業が少ない。それのせいで差別的意識があるのも事実だ」
「なるほど、つまり」
人差し指を立て、自分なりの解釈を口にする。
「あの柄の悪さは天狗になってる証拠ってことか。そう考えたらなんとなく見下してるような目をしてるのにも納得がいくよ」
何の気なしの率直な感想を口にした。してしまった。
どうやらそれがいけなかったようだ。
「おい、今なんつったお前?」
刀野さんから投げられた魔力の球体をキャッチしたのとほぼ同時のタイミングで、一人の茶髪の男子生徒が俺にそう声をかけてきた。
「何が?」
「とぼけんな、今お前、俺たちのことを天狗だとか言っただろうが」
「言ってないよ?」
「いや言っただろ。聞こえてんだぞ白々しい嘘つくな」
「じゃあ言った」
「じゃあってなんだよ言ったんだろうが、はっきりしろよ」
「言ってない」
「どっちだよ!聞いたっつってんだろが!誤魔化すなよお前!」
「授業中は静かにしろよ、うるさいぞ天狗」
「今言ったよな?天狗ってはっきり言ったよな」
「言ったよ」
「お、おう…」
男子生徒は僅かに呆れの色を顔の表面に浮かべた。
だが咳払いを一つしてからすぐに真剣というか、威嚇をするような凄みを思わせる顔になる。
「ナメたこと言ってんじゃねぇよ、俺たち六組は言うならエリートの集まりだ。上の人間が下の奴らを見下して何が悪い?」
マジか。見下してる自覚あるのかよこいつ。……えっ、まさかみんな自覚してたりするの?
「チッ、また始まったよ…」
「だから六組との授業は嫌なのよね…」
ボソボソと四組側から嫌気を口にする声がちらほら。どうやら前から六組はこんな感じみたいだな。
「でもただ魔力が人より多いだけなんだろ?そんなに威張る要素ないと思うんだけど」
「なんだと?」
「いやぁ、魔力多くてもそれを使う技術とか持ってないと意味ないし、かと言って魔力多いから強いって訳でもないし、自慢することじゃないと思うよ?魔力量なんてさ」
刀野さんから受け取った魔力の球体を指先で回しながら六組のみんなに忠告する。
自分たちの思い上がりを訂正してあげる。うん、俺今いいことしてるな。
「ハッ、技術を持ってないだと?舐めんなよお前、自分の魔力量を活かす技術くらい持ってるに決まってるだろうが」
「つかこいつ四組のくせに何さっきから上から目線で語っちゃってんの?」
「アハハ、マジウケる」
何も面白いことは言っていないのに六組のみなさんは笑っていらっしゃる。
どうやら俺には人を笑わせる隠れた才能があったみたいだ…………とかいう冗談はいいとして、確実に見下されて馬鹿にされている。
「ていうかこいつ、初めて見る顔だな。転校生か?」
「今日転校してきた」
「ハッ、道理で身の程を知らない口の利き方な訳だ」
ごめんそれ俺のせりふだわ(魔王)。
「お前たちの方こそ身の程を知るべきだ」
なんと、俺のせりふを代弁してくれたのは刀野さんだ。
「六組に選ばれたのは単なる魔力の量だけだ。訓練次第で魔力は増幅するし、個人の強さに魔力の大小など関係ない。真代の言う通り、お前たちは天狗になっているぞ」
「そうだそうだ!この天狗ども!長鼻!妖怪!」
「真代、ちょっと黙っててくれ」
「あ、はい」
扇くん沈黙ー。
「今は授業中だ。私語はこの辺にしておきたいが、その辺りは改めていただきたいな」
「まったくだな」
刀野さんの言葉に続いたのは、予想外にも六組側からだった。
声を発した男子生徒は金髪の頭をかきながら面倒くさそうに、
「魔力量だけで偉そうにするなんざ雑魚アピールもいいトコだ。足下を掬われて痛い目を見るのが目に浮かぶ」
「た、田上(たがみ)、お前何言ってんだよ。俺らが足下を掬われるなんてある訳ないだろ」
「少なくとも、そこの転校生には掬われそうだがな」
俺に目だけを向けて言う田上という少年。なかなか人を見抜くいい目をしているようだ。
それに、かなり腕も立つみたいだし。
「お、お喋りはそこまでです。授業に集中してください」
ここで福吉先生の注意が入る。さすがにそれには従うのか、六組の面々は渋々と俺と刀野さんから離れていった。
俺は手にあった魔力球を頭に乗せ、刀野さんに尋ねてみる。
「六組があんな感じなのは昔からなの?」
「ああ。まあ原因は社会的思想による物が大きいんだが」
「社会的思想?なんだか難しい話だなぁ」
「力のツエーのが偉いっつう簡単な考えだ、別に難しくないだろ」
いきなり話に乱入してきた金髪男子、六組の田上くんは実に馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるように、
「ああいうのは痛い目に合わないと納得しねぇんだ。あんまり真に受けんなよ」
「キミはああいう考え方を持ってないんだね」
「どうでもいいだけだ。ただ魔力量が多けりゃ得することが多いからな、付け上がるのも仕方ない話ではある」
確かに田上くんの言う通り、魔力が多いと何かと得することが多いのが人間社会の根幹みたいな部分があるのは見ていてわかる。だから他より優れているという意識が固定され、学校のクラス分けのような露骨な制度が余計優越感を煽る結果になっている。
「悩ましいところだなー。学校なんだから知力で優劣決めろよって話なんだけど」
「言っちまえばそれだよ、賢い奴が馬鹿を見下す。どうしようもねー世界の理みたいなモンだ」
「世界の理かぁ、カッコいいこと言うね田上くん!」
「ふむ、確かに。深い言葉だ」
「やめろそこを持ち上げるな、恥ずかしくなってくるだろ」
「では次に移ります。一度各クラスに分かれて集まってください」
福吉先生の言葉を聞き、一度田上くんと分かれる俺と刀野さんは四組の集まりへと向かう。
(……………チッ、転校生もムカつくが、お前に言われると余計ムカつくんだよ、刀野)
――いくら魔王である俺でも、他人の思考までは読む事は出来ない。
(魔力量が少ないくせに強いお前に偉そうにされると、俺たち六組の立場ってのがなくなるんだよ)
故に、茶髪の少年の思考など読めるはずがなかった。
(……派手にスッ転べ!)
よって、まさか魔法で刀野さんの足下の地面を盛り上げて転ばせようとするなど考えもしなかった――――が。
「ん?」
魔法の発動、それにより地面がどう変化するのかは、多分誰よりも早く気づけた。
だから。
ゴズンッ!!!と、刀野さんの肩を掴んで動きを止め、足下前方の盛り上がろうとしたグラウンドを力任せに踏みつけ、押し潰す。
「……ッ!?」
突然の俺の行動に刀野さんが目を見張り息を飲んだが、俺はそんな彼女にニコッと笑いかける。
「虫がいたんだ。俺虫嫌いだからさ」
踏みつけた右足を足形に凹んだ地面から離し、みんなに注目されているのを自覚してそんな風に言い訳する。
「刀野さん、大丈夫だった?俺足とか踏んでないよね?」
「……あ、ああ」
「よかった。ささっ、早く四組の集まりに行かなきゃ」
「ま、待て真代、押すなっ…!」
背中をグイグイ押して無理矢理歩かせながら、俺は静かに細めた目だけを動かす。
先の土を盛り上げる魔法を使った茶髪の男子生徒へ視線を送り、目が合った。呆気に取られていたようだが、目が合うなり慌てて逸らす。その行為になんの意味もないことに気づいていないのだろうか?
(刀野さんにそんな下らないことをするのはおかしくないか?元を辿れば俺の軽はずみな発言が原因だろうに)
気にしても仕方がないか。彼にも彼なりに思うところがあったのだろう。
ただ、
(まぁ、『俺』の前でそんな勝手が出来るとは思わないことだね)
学校に来るために弱体化しているからとはいえ魔王は魔王だ。あまり見くびらないでいただきたい物である。
――それからは六組とのいざこざもなく、スムーズに授業は進んでいく。もちろん俺は福吉先生の言葉を一言一句聞き逃さずに真剣に授業を受けています。
「それでは次です。今から私が的を作りますのでみなさんはそれを得意な魔法で的確に破壊してください」
そう言ってグラウンドに手をついた福吉先生。その手から大量の水が放出され、グラウンドの上を水が一直線に走る。
ある程度流れたと思えば川のようになった水からバランスボールほどの大きさの水が飛び出し、水の柱を支えに空中で留まった。
同じ物が数個、一定の距離を置いて並ぶ光景を見ながら隣にいる刀野さんに尋ねてみる。
「福吉先生って、もしかして水系の魔法が得意なの?」
「ああ。聞いた話によれば、福吉先生は水系魔法に関して言えば校内一の実力を持っているらしいぞ」
「ほー。軽々とやってるからもしかしてと思ったけど、そんなにすごいんだ福吉先生って。ヤバい、惚れそう」
「何を言っているんだキミは」
やめて刀野さん、そんな冷たい目で見ないでっ。
「順番に前に出て、正面にある水の塊を壊してください。属性は問いませんが、一定の威力がないと壊せないので注意してください」
先生の言葉を合図に始まる。大体各クラス四人くらいが並んで魔法を放ち、水の塊を破壊しにかかる。
ただ何分、的が水なので破壊は容易ではない。先に福吉先生が言ったように威力は高くないといけないし、属性の相性もある。
主に火、水、風、雷、土という属性があり、またどの属性でもない純粋な魔力を使った魔法……いわゆる無系統魔法などがあったりする。これらが基本の魔力属性だな。
「ちなみに、刀野さんの得意な魔法って?」
「私か?私は火が得意だ」
「じゃああの的はどうやって壊すの?別の属性魔法でやるの?」
「いいや、私は火で行く。相性は悪いが、火力や単純な魔法の威力さえ高ければ相性など関係ないしな」
相性など知ったことか、そんなもん力押しだーと言わんばかりの強気な意見だ。そういう考え嫌いじゃないです、寧ろ好きです。
男らしい思考はもちろん刀野さんだけではない。他にも敢えて相性の悪い火で挑む生徒たちもたくさんいた。
目立つのはやはり六組。個人の強さで大事なのは魔力じゃないと言えど、魔力あっての魔法だ。込める魔力が多ければ多いほど魔法は強くなるんだからこればかりはどうにもならない。
「次、真代くんの番だよ」
「ん、ああ、ありがと」
クラスメイトの女子に言われて魔法を放つ位置に立ち、十メートルほど先に浮かぶ水の塊を見据える。
(バンバン強い魔法を撃ってる六組に対抗なんてしたら、さっきみたいに刺激してまたややこしいことになりかねないな)
というわけで、壊せる程度の無難な魔法でさっさと壊してしまおう。
「転校生がどんな魔法を使うのか」と興味津々で周りから見られていることなど頭にはなかった。
ただ壊して終わらせる、それしか頭になかったんだ。
だから、俺は真っ直ぐ突き出した右掌に魔力を集中させて魔法を放つ準備をし、照準を水塊に真っ直ぐ合わせる。
パチン、と弾ける音が掌周辺から発せられ、掌に集まった魔力が水塊へと放たれる。
形という形はなく、目にも見えない魔力の波が水塊に接触する。
―――直後、音もなく半透明の綺麗な水が黒一色に染まった。
浮かんでいた水、それを支えていた水柱まで一瞬で染め上げた後、俺は前に伸ばしていた右手で指を弾く。
軽やかな音を合図にし、ガラスのように粉々に砕け散った。破片など残らず、地面に落ちる前には全てが消滅する。
「まぁ、上々かな」
自分の魔法の感想を口にして振り返る。
そこでようやく気づいた。グラウンドにいる全員が俺を見ていたことに。
呆気に取られているとも驚愕しているとも表現出来る様を目にし、俺は思った。これは何かやらかしたのではないかと、直感的に。
「……黒い、魔力…?」
刀野さんが空気混じりに呟くのを聞いた。
同様の驚きに満ちた、唖然とした顔のまま。
「……『魔王』と同じ、黒い魔法…?」
ただの直感が確信へと変わる。
やばい、これはやらかした。
何がどうやらかしたのかなんて考えるまでもない。俺が先ほど使って見せた魔法だ。
魔法は大きな括りとして二つ。
一つが火、水、雷、土、風、無系統を含めた一般的とされる『白魔法』。
そしてもう一つが、属性という属性が存在しないとされている『黒魔法』。この二つに分類されている。
俺が使ったのはもちろん後者の黒魔法だ。何の気なしに使ったはいいが、この状況はまずい気がする。刀野さんがさっき呟いていた『核心』からなんとしてでも逸れなくては…。
「……ど、どうしたの?何か変だった?」
「………変っつーか、お前、わからねぇのか…?」
六組の田上くんも、みんなと同じような顔をしていた。
「黒魔法を使えた人間は、今まで一人たりともいないんだぞ…?」
「…………」
耳を疑う内容だった。
魔法という力が認識されて数千年、人間は黒魔法を使えたことがない?
田上くんの発言やみんなの反応を見るに、黒魔法という存在は知れ渡っているようだ。しかし人間はこれまで一度も、誰一人として発動出来た奴がいないっていうのか…?
だとするなら、
(やっべー、注目浴びないようにしようとしたのに真逆になっちまったー…)
この時この瞬間、俺が人類初の黒魔法発現者になってしまったことになる。
ちょっとやそっとの注目じゃない、下手をしたら、人間の歴史を変えるレベルの……。
これはまずい、なんとか誤魔化すんだ!変な目立ち方は正体がバレるリスクが満載すぎる!!
考えろ俺…!この場をなんとなく収め、且つ注目を浴びないようにする流れを見つけ出せぇッ!!
「………………………………………、エェ?ソーダッタノー?」
『…………』
く、苦しいか…?それとなく乗っかっちゃおう作戦は厳しいか…!?
「い、いやーその、あれだ…………そう!魔王!俺も勇者たちの力になりたくて黒魔法を研究したんだよ!だってほら、魔王は黒魔法使うじゃん?だから実際に黒魔法を使ってみて弱点とかを見つけようとしたんだ!」
「……な、なるほど…?」
誤魔化せたか…!?いや、まだ油断するな俺!!
「研究の甲斐あって使えるようになったんだけど、実はこれ超ヤバくてさ。いつもと違う魔力の練り方をして魔法使ったら出来たんだけど、そのせいで大変なことになっちゃって」
「大変なこと?なんだよそれ」
「頭から赤いペンキを被ったみたいに血まみれになっちゃった」
俺の言葉にギョッと目を向くみんなの様子を見て、ここに隙があると見極め畳み掛ける。
「今もまだ曖昧な所があるから人に教えたりは出来ないんだ。だから他の人には内緒でお願いね」
「あ、ああ…」
「言った人には黒魔法ぶつけるから」
「さらっと笑顔で脅迫すんな」
田上くんの言葉に笑みを零す人もちらほら。よしやった!ピンチを切り抜けたぜ!!
一時ストップしていた福吉先生の授業も再開され、そこからはもう目立たないよう黒魔法は使わずにやり過ごす。注目を浴びるのはごめんだからね。
でも意外だったな、人間が黒魔法を使えないなんて。そういやあのクソッタレ勇者やその仲間も使った所を見てないな。
「……思い出したらイライラしてきた」
「どうした真代?」
「なんでもないよ刀野さん」
「ならいいが。しかしキミが黒魔法を使えるとは驚きだよ。実際にこの目で見たのは初めてだ、施設では魔物が使っている映像でしか見なかったからな」
「施設?なんの?」
「『勇者パーティー育成施設』だよ、私はそこに通っていたんだ」
「…………」
勇者パーティー…育成施設だ~~~~ッ???
なぁんだその大変胸糞な施設はあッ!!!
「……へ、ヘー…ソ、ソーナンダースゴイネー…」
「別にすごくなどないよ、通っていただけだ。私も勇者のように強くなりたいだけだったからな」
「そうなんだ、勇者みたいにねぇ」
まぁ全く共感出来ませんが。
…ごめん訂正、する気がありません。
「それにこの学校には勇者パーティーの一人がいる。光栄でもあるし、いい目標にもなるよ」
「――――、なんだって?」
「そうか、真代は転校生だから知らないのは当然か」
そう言って、刀野さんは校舎を指差した。
生徒が勉学に励む校舎、その天辺。つまりは屋上を。
そこで悠然と風を受け、太陽の光に照らされながら堂々とはためく大きな旗が突き刺さっていた。
大きな金色の剣、その鍔を持つ背中合わせの二羽の鷲が描かれたマークに、俺の二つの眼球が吸い寄せられ、動かなくなる。
見覚えのあるマーク。
忘れることのないシンボル。
知らぬ間に握り締めていた拳を開かずに呟く。
「……予想外だな」
「真代?」
隣にいる刀野さんに一切反応せず、遥か頭上で俺を見下ろすシンボルを睨み付け、唇を歪める。
「そうかそうか、なるほどね」
なんたる偶然だろうか。たまたま選んだ学校に、憎き勇者のお仲間が在学しておられるとは思いもしなかったよ。
……人間界の勉強とか、こっそり青春ラブコメを送るとか、そんなこと言ってる場合じゃなくなるかもしれないなぁ…。