集英社ライトノベル新人賞
第12回(2022年)
ジャンル部門
最終選考委員講評

(2023.3.19)

三河ごーすと 先生 総評

残念ながら今回は入選なし、
最高で佳作という判断とさせていただきました。

厳しいと思われるかもしれませんが、
私は、純愛・ラブコメというジャンルは鉄板であるがゆえに
オリジナリティを発揮するためにセンスが問われ、
作家本人に求められる筆力も高いと考えています。

最終選考まで残った作品はいずれも才能の片鱗を感じさせるものでしたので、
今後の取り組みによってさらに面白い作品を生み出してくれることを期待しています。

最終選考作品はいずれも丁寧で平均レベルの高さを感じつつ、
一方で鉄板の題材を鉄板の通りに調理している印象が目立ちました。
文章・ストーリー構成・ネタの組み合わせ方・世界観・設定・キャラクターなど、
何かひとつでもいいので既存の商業作品と比べて
明確に上回っているなと感じさせる強い武器が欲しかったです。

ラブコメといえば現代、現代ラブコメといえばこういう展開、
ラブコメのヒロインといえばこういうキャラ、といった枠組みから踏み出しきれていません。
もちろん安心感のある読み味を提供できることも作家としての武器になり得るのですが、
そこを目指すのであれば自然と読者の要求ハードルも上がります。
もっと高次元のクオリティを安定して発揮できないと、
その分野で読者に評価されるのはとても難しいと思われます。

せっかく表現できる幅の広いライトノベルという媒体なので、
新鮮な読み味、その作家ならではの演出、
強く興味を惹かれるキャッチーなアイデアから成る
ラブコメ・恋愛物語を追求していってほしいなと思いました。

又、主人公がヒロインに引っ張られるままになっている作品が多く、
もうすこし主人公が主体的に活躍するところだったり、
主人公のおかげでヒロインが救われるシーンも描いた方が読者は嬉しいと思います。
主人公、ヒロインどちらについても、
多角的、かつ、深く、人間関係を描けるともう一段レベルアップできるのではないでしょうか。

【作品講評】

『女装したボクは誰よりも可愛いのに』 / 衣太

中盤から後半にかけて女装×男装のデート等、ドキドキするイベントが盛りだくさんでヒロイン・ウロさんの魅力も十二分に描けていました。ただ、物語の立ち上がりの前半部分はやや退屈で、キャラの魅力を表現しきれておらず、もったいなかったです。又、ラスト手前のヒネリの部分(ウロさんの過去が明らかになる部分や母親の登場など)が、うまく機能していなかったのが残念です。展開が駆け足になりすぎてしまっていたり、じゅうぶんな布石を用意できずに展開してしまった部分が目立ちました。ここで読者に「おっ」と言わせるためには、前半のうちに仕掛けを施しておく必要があるかと思います。又、性格上しかたのないことではあるのですが、主人公がウロさんに引っ張られるままになっており、彼自身の強い決断や行動がなく、カタルシスの物足りなさに繋がっています。女装状態の魅力はもちろんのこと、主人公本人の人間的魅力や変化をもっと強調して表現してあげるとより良くなりそうです。
テーマや題材については、女装男子を主人公に据えるという点にこだわりや特異性を感じた一方で、主人公やヒロインのキャラ性や配置はややプレーンといいますか、良く言えば馴染みやすい、悪く言えば普通という印象を受けます。コスプレや推し活を題材とする作品は近年かなり増えてきており、真っ当な作品を構築しようとすればするほど、よくある読み味に帰結してしまいます。
もうすこし作品独自、作家独自の強力な武器になり得る文章表現やキャラを見たかった、というのが正直なところです。小説としては丁寧で粗は少なかったので、綺麗に整えるだけじゃない、もっとエッジのきいた作品を目指してみてほしいです。後半はすごく良かったので、もっと早くから後半に垣間見えたセンスを発揮してほしいと感じました。

『俺には幼なじみがいる。俺には幼なじみがいる。』 / 多少雑多

軽妙な文章とキャラの表面的な魅力を描ききれているのはとてもよかった。文章による演出も上手く、引き出したい読者の感情を引き出すための文章構成ができている。随所で「ここで読者を楽しませよう」と意識している文章やセリフが見られ、そこは長所だと思うので引き続き伸ばしてほしいです。ただ、キャラについては美花は陰キャ、美星は陽キャ、主人公はスケベ、という一面的な特徴を表現するだけで留まってしまった印象があり、非常にもったいない。表面的な魅力を保ちつつ、二面性を上手に見せていく工夫が見たいです。
特に主人公は、双子と絡んでいる日常とスケベなことを考えている以外に彼のパーソナリティが垣間見える描写がほとんどなく、それが後半の展開でロマンティックなことを言うときに、なんとなく取ってつけたように感じてしまう要因にもなっています。それこそ天体観測が趣味だとか、花に詳しいだとか、そういう特徴があるだけでも印象は違っていました。キャラとキャラの掛け合いや関係性で生じるキャラ性とは別の、『個としてのキャラ性』というものも大事にしてみると良いのではないでしょうか。
題材そのものと題材の料理の仕方は普通で、オーソドックスな双子ラブコメから飛び出しきることはできなかった印象です。
又、ストーリー全体の構成においても改善の余地が大きくあります。話のオチが、主人公や美花が成長した上で状況を打破しての解決となっていないため、結局は美星の器の大きさに救われただけになっていて、美星以外の二人の魅力を大きく損ないかねない構造になっていました。後半に登場する美星の友人も、なぜ突然そんな悪者らしい言動をするのかが不明で、物語を動かすための舞台装置となりすぎている印象でしたし、このシーンで美星が受けたダメージをリカバリーしたのが主人公や美花ではなく美星自身だったのも、二人が何もしていない印象を与える原因となっています。

『推しが僕を好きになるわけがない!』 / 猛烈ケイスケ

推しとの関係性や距離感を題材とした点は同時代性があり、良かったです。又、主人公の成長物語を描こうとする姿勢や意図は強く感じましたし、痛いところや葛藤の描写からも逃げずに書き切った点は好印象でした。一方で、全体的に粗削りといいますか、もう一歩完成度を上げてほしいというのが正直なところです。
展開がやや行き当たりばったりで、シーン同士の接合が曖昧であったり、キャラクターが突然に思いついたという起点からイベントが始まったりしてしまっています。一応、後のシーンを見ると天満きららが何故文芸部の面々を唐突に遊びに誘ったのか、という理由が明かされますが、それでも初見の読者にとって違和感が大きすぎる箇所は残さない方が良いかと思います。表向き読者にも納得のいく流れを用意した上で、実はこういう理由があって……と更に補強する、という形にできると良いのではないでしょうか。
キャラクターについては天満きららや日和先輩の可愛らしさがよく書けている一方で、主人公の魅力がもうひとつ足りなかった印象です。もちろん足りないところのある彼の成長が本作の軸ですから、人格を大きく変えるべきとは思いません。ただ現状、過去はさておき、現在の時間軸で主人公がヒロインたちのためにしてあげられていることがほとんどありませんでした。ヒロインたちの励ましが主人公の成長に繋がる、という描写だけでなく、主人公の行為がヒロインたちの成長に繋がったのだと実感できるシーンが存在してくれると印象が変わります。天満きららや日和先輩が主人公を好きなことに説得力が生まれますし、物語としても読者が主人公を応援しやすくなります。最後も天満きららが文化祭に来てくれたのは彼女の厚意ゆえで(もちろん彼女は、主人公が勇気を出したからだと言ってくれますが)、主人公が何かを為した結果とは読めず……やや爽快感に欠けました。やはり読者としては、ラブコメといえど、主人公が強い魅力を発揮してくれるシーンを期待したいところです。

(敬称略、順不同)