――かくして世界は作り替えられました。
葉巻をくゆらせながらその少女は言った。
膝に乗せた本へ視線を落としたまま。桐島ユウキには目もくれずに。
「名を神鳴沢セカイという」
くちびるから紫煙を吐き、少女は本のページをめくる。
「知ってのとおり、今日から貴殿はわたしのものだ」
美しい少女だった。
それも現実離れして美しい。
銀色の髪に赤い瞳。纏っているのは超然たる空気。
これが桐島ユウキの”神”。
世界でただひとり、千年にもわたって世界を救い続けているという人外の存在。
桐島ユウキがこれから生け贄として捧げられる相手。
「気に入らなければ逃亡を図るもよし。いっそ自ら命を絶つのもいいだろう」
少女は冷笑して、
「ただしいずれの場合も、貴殿の一族郎党、九族にまで累が及ぶことを忘れぬよう。”捧げ物”としての役割は、九十九機関によって選ばれた貴殿にしか務められぬのだから」
びゅう、と風が窓を叩いた。
例年より早い初雪が東京の空を舞っている。灰色の空から絶え間なく雪が降り落ち、神の住まう屋敷の周囲を冬景色に染めつつある。
「さて本題だ」
少女が顔を上げた。
赤く光る瞳がユウキに絡みつく。
「捧げ物となった貴殿には対価が支払われる。金でも女でも権力でも好きなものを望むといい。いかなる願いも叶えてみせよう――ただひとつ、貴殿の自由を除いては」
頬杖をつき、少女は目を細める。
冷徹で、心の奥底まで見透かすような。そんな視線。
「……そんじゃ」
ユウキが初めて口を開いた。
少女の柳眉が「ほう?」とでも言いたげに動く。
十代半ばとみえる少年の、ややトーンの高い声はしかし、舞台俳優のそれのように朗々と響いた。人の寿命をはるかに超えて生きる存在を前にして臆した様子もない。
「さっそくだけど望みを言っていいか?」
「無論」
わずかながら少女が身を乗り出す。
興がそそられた――そんな仕草にみえる。
「なんなりと言うがいい。なんなりと叶えてみせるゆえ」
「んでは」
コホンと咳払い。
あーあーあー、と喉の調子を整えて。
服の袖を払う仕草をし、襟元をきゅっと正してから。
「神鳴沢セカイさん。俺と結婚してください」
と言った。
「…………」
少女の時間が止まった。
ぽかんと口を開け、瞬きもせず目を丸くしている。呼吸すら忘れたように。
一方のユウキは表情を変えない。こちらも瞬きせず、しかし呼吸は乱れず規則正しく。ただじっと返事を待っている。
暖炉の薪がぱちんと爆ぜる。
葉巻の先からぽろりと灰が落ちる。
窓の外の風雪がガラス戸をかたかた鳴らす。
「は」
どれほどの時間が経ったか。
やがて少女は視線を膝元に落とし、両手をぎゅっと握り、頬を染めて。
「はい。よろしくお願いします」
と言った。
ラブコメを始めよう。
彼と彼女の、誰も文句のつけようがない愛の喜劇を。
「ねえねえお兄さま。クイズをしませんか」
「クイズ?」
「はい。わたしたち兄妹の間にわだかまる、微妙な空気を振り払うための、可愛らしくて和やかなクイズです」
何ヶ月か前のとある日。
実家の庭園で、妹と話していた時だったとユウキは記憶している。
「そりゃ別にいいけど。俺らの間にわだかまる微妙な空気、ってのは何なんだ? 普通にいつも通りにしゃべってたよな俺たち?」
「では第一問!」
問いかけをスルーして、
「女の子がこの世でいちばん喜ぶことって、はてさてなんでしょーかっ?」
「はあ」
「なんでしょーかっ?」
「…………」
「なんでしょお―――――――かっ??」
妹の強引さはいつものことだ。
ジト目で聞き流すのをほどほどに切り上げ、ユウキはあごを撫でながら、
「うーんなんだろな。ていうかクイズのくせに質問が曖昧なんだよな……」
「はてさて何かな何かな~♪ 答えはいったい何でしょや~♪」
妙な節回しで歌って踊って催促してくる。
内心で吐息しながらユウキは諦めた。たまには妹の遊びに付き合うとしよう。
「じゃあ、甘いものを食べること、とか?」
「ぶぶー。ちがいます」
「可愛い服を着ておしゃれすること」
「ぶぶー。ちがいます」
「ものすごくたくさん褒めてもらうこと」
「ぶぶー。ちがいます」
「……いや、ちょっと無理くさくね? ていうか問題の出し方がやっぱおかしくね?」
「ちなみにあと一回答えを間違えると、罰としてわたしをひざの上で抱っこしてもらうことになります」
「なんでだよ。やだよ」
「残り十秒でーす。きゅーう、はーち、なーな……」
無情なカウントダウン。
呆れながらもユウキは考える。
彼女が好みそうな答えとなると、たとえば――
「じゃあ、好きな人からキスしてもらうこと? とか?」
「おしいッ!」
切なげに頭を抱え、身もだえる妹。
「ものすごくおしい! まさしくニアピン! お兄さまの答えと正解との差は、普通のお米ともち米の差に近いものがあります! いやーほんとにおしいですね!」
「それだけ近いなら正解にしてくれよ」
「だめです。個人的にはハナマルをあげたいところですが、今回はぴったんこじゃないと許してあげません」
いつから許す許さないの話になったんだ。
と呻きつつもユウキはさらに首をひねるが、
「ぶぶー! 残念、時間切れです! それではさっそくわたしにひざの上抱っこを」
「待て。せめて正解を言え。じゃないと納得できん」
「往生際が悪いですねえお兄さま。どれだけじたばたしようと、わたしを抱っこして頭を撫でてほっぺにキスすることはすでに決定して」
「さりげなくいろいろ増やすな。いーから早く」
「ふむん。仕方ありませんね」
妹は小鼻をふくらませ、
「正解はですね、じゃじゃじゃーん! 『好きな人からプロポーズされる』でした! どんどんぱふぱふー!」
「はあ」
「まったくお兄さまは朴念仁ですね。こんな簡単な問題もわからないなんて、わたしは妹として悲しいです。女の子の夢、女の子の永遠のあこがれといえば世の中にただひとつ、ステキな王子さまからプロポーズされることに決まってるじゃないですか」
「…………」
「そんな有様では、彼女とか恋人ができるのは遠い遠い先のことですよねっ。まあお兄さまの面倒はわたしが一生みるつもりなので問題なし――って、席を立ってどこへ行くんです!? まだ話は終わってませんよ!?」
……もちろん感謝はしているのだ。
彼女の明るさがなければ、桐島ユウキの人生はもっと暗いものになっていたはずである。ただでさえ彼は、物心つく前から捧げられた存在で、十何年にもわたって自分が生まれた意味を考え続ける人生を送ってきたのだから。
だけど思い当たる遠因があるとするなら。たぶん妹との謎クイズこそが、まさしくビンゴなのではあるまいか。
一ミリも動かない笑顔が怖かった。
東京二十四区の某所にある神の御寝所、その応接間にて。屋敷の一切を取り仕切るメイドさんの表情は、不届き者にお説教する間もぜんぜん変わらない。
「ええまあ」
冷や汗をかきながらユウキは頷く。「もちろんそれだけじゃないですが」
「それだけじゃないというと? 他にどんな?」
「つまりですね」
言葉を選びつつ、
「実はテンパってたんじゃないかな、と思うわけです」
「テンパっていた?」
「だってそうでしょ? 正直、今日ここへ来る時はすっごい緊張してたんですよ俺。もう十年も昔から自分のすべてを捧げなきゃいけない相手が決まっていて、だけど事前の情報はほとんど何も与えられてなくて――」
「その点はこちらに責任があると認めます」
メイドさんは頷き、
「我が主に関する情報をあなたに伝えず、事前の予告なしにここへお招きし、『お勤め』を始めていただいたのは事実。九十九機関が定めたルールに従ったゆえとはいえ、長年にわたりあなたに掛けられていた負担は想像に難くありません」
「ですよね? そうですよね?」
「その負担を考慮すれば、あなたがのっけから素っ頓狂でトンチキな行動に出るのも、十分に理解できる範囲です」
「まったくです。ルールだかなんだか知りませんが、もうちょっと何とかしてほしいっすよこっちとしては」
とは言ったものの、かなり強引に自分を正当化している自覚はある。
いくらテンパっていたとはいえ、初対面の相手にいきなり求婚はないだろう。しかも妹のせいであるように語りはしたけど、彼女は『好きな人からのプロポーズ』という前置きをちゃんとつけていたではないか。
「……で」
まあ過ぎたことは仕方がない。
気持ちを切り替えて、
「これから先の話なんですが。やっぱプロポーズはマズかったですよね? なんかもっと別のことを考えた方がいいですよね? ”願い事”に関しては」
「いいえ」
首を振るメイドさん。
「すべてを捧げる代わりに願いがひとつ叶う――これはあなたに認められた正当な権利。前言を撤回する必要はございません。というより撤回するのは不可能です」
「と、いいますと?」
「いちど口にした願いは覆すことができないからです。まあ貴方様も立派な殿方でございますし? 男なら二言はありませんよね? どうぞ我が主と末永くお幸せに」
メイドさんがにっこり微笑んだ。
ユウキもにっこり微笑み返した。いやいやマジか? 冗談だろ? とは思うけど、ちょっと待ってと言える空気ではない。
「まあとにかくですね」
話題を変える。
「正直なところ、ちょっとホッとしてたりもするんですよ俺」
「ホッとする? なぜ?」
「いやだってほら」
また言葉を選びながら、
「ここへ連れてこられる前はですね、もっときっつい感じなのかと思ってたんですよ。『神様のために俺のぜんぶを捧げて世界を救う』ってことは聞かされてましたけど、それ以外のことはほとんど前情報がないわけですし。なんかもっとやばい仕事が回ってきたりするのかと」
「やばい仕事、とおっしゃいますと?」
「んー。やっぱ命を賭けるような何かですかね? なにかと物騒なことを想像してましたから、いきなり血みどろで痛い思いをするのも覚悟してたんですが」
「我々にとってあなたは大切な人です」
にっこり微笑むメイドさん。
「貴方様の安全を保障するのが最優先。いきなりプロポーズして、その結果我が主が気を動転させて部屋に引きこもってしまったとしても、貴方様を拷問にかけたり殺害したりはしません。したいですけど」
「…………」
冷や汗が出てきた。
とはいえ嘘を言ってる様子もない。さしあたり今すぐ生き死にの話になることはなさそうで、それだけでも十分ありがたいと考えるべきか。
「ぼちぼちよろしいでしょう」
メイドさんが時計を見た。
「我が主も体制を整えた頃と存じます。よろしくお願い致します」
「……行くんですか? もう一度?」
「当然です。今度はしくじらぬようお願い致しますよ? 我が主の心を平らかに、安らかに保つのも貴方様の仕事です」
「ええわかってます。俺にやれることは精一杯やります。ただ……」
「ただ?」
「恥ずかしながら、今になってちょっとビビってまして。俺、あの子を怒らせたりしてませんよね?」
「どうでしょうか。なんとも申し上げかねます」
「すっごい怒らせてた場合、俺あの子に殺されたりしませんかね? なんせ神様なんですよねあの子って」
「その点はご心配なく」
メイドさんが太鼓判を押した。
本日いちばんの笑顔で。
「あなたはとっくに人の理を外れていますから。仮に死んだところでどうということはありませんよ」
そして今、桐島ユウキはドアの前にいる。
神鳴沢セカイを名乗る神様がおわす部屋の前であり、何時間か前にユウキが人生初のプロポーズを、齢十六にしてやらかした場所だ。ノックをしようとする手が躊躇いがちになるのも無理はない。
(でもさ。確かに俺もどうかしてるけどさ)
と彼は思う。
(俺が放り込まれた状況だってどうかしてるんだよな。だったらおかしなことになるのも普通なんじゃね? 俺そんなに悪くなくね?)
そもそも訳が分からないのだ。
十年も前から予告されていた道筋ではあった。神への捧げものに選ばれ、神の従属物、もっといえば奴隷に等しい存在となることは、あらかじめ決定していた。その未来を受け入れていたし、それなりの覚悟も決めてきたつもりだ。
だけど事実は予測と異なっていた。
この世界をあまねく守護する神の御座所というから、どれほど神々しく仰々しい大御殿に連れていかれるかと思いきや。実際は東京某区の住宅街にある、古びて苔むしたボロ館に案内されて。
出迎えはずらりと居並ぶ強面のSPたちではなく、ユウキとそんなに歳も離れてなさそうなメイドさんひとりだけで。
やんごとなき御方とお目通りするのだから、お目通りが叶うまでは何かと手順を踏むことも多いだろうと思いきや、最低限の説明だけ受けてあとはぶっつけ本番だったり。
拍子抜けもいいところである。
その拍子抜けも、ユウキを奇行に走らせる一因になっているはずだ。たぶん。
(ま、言い訳しててもしょうがねーか)
楽な務めとは最初から思ってない。出たとこ勝負を強いられるけど、こうなったら腹を決めて前に進むしかないだろう。
(なるようになれ!)
深呼吸をして。
ノックをして。
間髪いれず、息を止めたまま中へ!
葉巻をくゆらせながらその少女は言った。
膝に乗せた本へ視線を落としたまま。桐島ユウキには目もくれずに。
「名を神鳴沢セカイという」
くちびるから紫煙を吐き、少女は本のページをめくる。
「知ってのとおり、今日から貴殿はわたしのものだ」
美しい少女だった。
それも現実離れして美しい。
銀色の髪に赤い瞳。纏っているのは超然たる空気。
これが桐島ユウキの”神”。
世界でただひとり、千年にもわたって世界を救い続けているという人外の存在。
桐島ユウキがこれから生け贄として捧げられる相手。
「気に入らなければ逃亡を図るもよし。いっそ自ら命を絶つのもいいだろう」
少女は冷笑して、
「ただしいずれの場合も、貴殿の一族郎党、九族にまで累が及ぶことを忘れぬよう。”捧げ物”としての役割は、九十九機関によって選ばれた貴殿にしか務められ――」
「……いやいやいやいや」
ようやくユウキは我に返った。
「ちょっと待て。待って」
しきりに首を振る。
指で目と目の間を揉みしだく。
「え、何? 俺の気のせい? ですか? なんかさっきと同じ展開のような気がするんですけど? ええとつまり?」
「…………」
セリフをさえぎられ、口を『れ』の形に開けたまま少女は固まる。
一秒、二秒――五秒――――十秒。
沈黙のまま、妙な空気のまま時間が流れて。
少女は咳払いをひとつして、ふたたび声を紡ぎ出す。
「初めまして。わたしが神――」
「だからそれはもういいって」
思わず素で突っ込んでしまった。
むぐ、と少女が口をつぐむ。
ふたたび沈黙が降りる。
かち、こち、かち、こち。壁時計が時を刻む音だけが部屋に響き、そのわずかな音さえもまた、降り積もった窓の外の雪が吸い込んでいく。
え、何なのこの状況?
とユウキは思う。
出たとこ勝負は覚悟してたけどこんな事態は想定してない。ていうかほんと何なのこの展開マジで。どうすりゃいいのよ?
なおもつづく沈黙。
あまりにも居たたまれない空気が充満しすぎて、これは一発ギャグでもかまして場をなごませた方がいいだろうか、とまで考え始めたその矢先。
「……ぅぅ」
少女が音を発した。
見れば、余裕しゃくしゃくの表情で葉巻をふかしていた彼女の顔が、みるみる朱色に染まっていくではないか。
だけでなく、ひざの上の本で顔を覆い、ハムスターか何かみたいに縮こまってしまった。「えーと……」
なんだろう。
なんだかとても悪いことをしてる気になってきた。
それにしても、これから自分のすべてを差し出そうとしている相手を前にしてこの状況は一体なんなのか。というか何この人? ひょっとしてアレか? 何食わぬ顔で初めからやり直そうとしたのが通じなくて、それで顔を赤くしてるのか?
「あー……もういっぺん、ドアから入り直しましょうか? 再チャレンジ的な感じで」
「……いい」
顔を覆ったまま、ふるふる首を振る少女。
ふたたび来襲する沈黙。
さて次はどうフォローしようかと思案し始めた時、
「貴殿が悪い」
本の上から少しだけ瞳をのぞかせて、少女がぼそっと呟いた。
「こんなはずではなかった。もっとこう、美しく、格好よく、最初の出会いは為されるはずだったのだ。一幅の絵巻物にも似た、優美で華麗きわまるやり取りを交わした後、貴殿はわたしに心から敬意を表し、永遠の誠実を誓い、そうして我々は記念すべき第一歩を踏み出すはずだったのだ。それなのに」
「は、はあ」
そうなのか?
というかそんなこと考えてたのか?
神様なのに? 千年生きてるのに?
「ずっと考えていたのだわたしは。何事も初めが肝心だから」
「考えてたって、何を……?」
「決まっている。セリフをだ」
「せ、せりふ?」
「貴殿がこの部屋に入ってきた後に、どんな流れになって、どんな会話を交わすか。すべて頭の中でシミュレーションしていた。どんな事態になっても対応できる自信があった」
訥々と少女は語る。
きょとん顔でユウキは聞く。
「事前の想定によれば、貴殿はもっと恐れ入り、かしこまるはずだった。わたしは神に等しい存在であり、主導権を握る側であり、貴殿はわたしにコントロールされる側のはずだった。なのに、なのに貴殿はっ」
「……えーと」
「貴殿が悪い。全面的に貴殿が悪い」
「いや、そう言いますけど……」
「貴殿が悪い」
「…………」
だんだん腹が立ってきた。
ただでさえ肩すかしを食らって気が抜けている場面である。今日一日ずっと、いや過去十数年にわたって溜まりに溜まり続けてきた鬱憤が、ユウキに要らぬ口を開かせる。
「そっちはそう言いますケド。アンタにもかなり責任あるんじゃないスかね?」
「――――っ!?」
いきなり変わったユウキの語調に、少女が面食らった様子を示す。
構わず続ける、
「俺だって訳のわからんままここに連れてこられて、訳のわからんままアンタの相手をさせられてんだ。その上『お前のせいだ』とか言われたって納得できるか。神だか何だか知らんけどさすがに勝手すぎるわ」
「……ぅ……ぬ」
「つーかこっちはいい迷惑なんだよ。だいたいなんで俺はここに連れてこられることになったんだ? 生け贄になるって、捧げ物になるってのは何なんだ? 何の決まりだ? 誰が決めたんだ? 具体的に俺は何すりゃいいんだ? そんなのすらロクに教えてくれねえ状況で何をどうしろってんだよ。あげくの果てに俺がぜんぶ悪いとか言われたって責任もてねーんだよざけんな」
「……ぅ……」
「つーか俺だけじゃなくて俺の家族も迷惑してんだ。今でこそ割となんとかなってるけど、昔は家族崩壊一歩手前、ていうかぶっちゃけ崩壊してたこともあったんだ。むしろ一発殴らせろ。そうでもしねえと収まりがつかねえ」
まくし立てた。
溜まりに溜まったわだかまりを背に、一切の手加減なし。ほとんど脊椎反射で肚の一物をぶちまけ、ほんの少しだけ溜飲が下がるのを覚えた次の瞬間、
「うっ、あぅ……うあああああ――」
泣かれた。
千年を生きる神が。
まるで童女のように泣きじゃくり始めたのだ。
序章
「初めまして。わたしが神だ」葉巻をくゆらせながらその少女は言った。
膝に乗せた本へ視線を落としたまま。桐島ユウキには目もくれずに。
「名を神鳴沢セカイという」
くちびるから紫煙を吐き、少女は本のページをめくる。
「知ってのとおり、今日から貴殿はわたしのものだ」
美しい少女だった。
それも現実離れして美しい。
銀色の髪に赤い瞳。纏っているのは超然たる空気。
これが桐島ユウキの”神”。
世界でただひとり、千年にもわたって世界を救い続けているという人外の存在。
桐島ユウキがこれから生け贄として捧げられる相手。
「気に入らなければ逃亡を図るもよし。いっそ自ら命を絶つのもいいだろう」
少女は冷笑して、
「ただしいずれの場合も、貴殿の一族郎党、九族にまで累が及ぶことを忘れぬよう。”捧げ物”としての役割は、九十九機関によって選ばれた貴殿にしか務められぬのだから」
びゅう、と風が窓を叩いた。
例年より早い初雪が東京の空を舞っている。灰色の空から絶え間なく雪が降り落ち、神の住まう屋敷の周囲を冬景色に染めつつある。
「さて本題だ」
少女が顔を上げた。
赤く光る瞳がユウキに絡みつく。
「捧げ物となった貴殿には対価が支払われる。金でも女でも権力でも好きなものを望むといい。いかなる願いも叶えてみせよう――ただひとつ、貴殿の自由を除いては」
頬杖をつき、少女は目を細める。
冷徹で、心の奥底まで見透かすような。そんな視線。
「……そんじゃ」
ユウキが初めて口を開いた。
少女の柳眉が「ほう?」とでも言いたげに動く。
十代半ばとみえる少年の、ややトーンの高い声はしかし、舞台俳優のそれのように朗々と響いた。人の寿命をはるかに超えて生きる存在を前にして臆した様子もない。
「さっそくだけど望みを言っていいか?」
「無論」
わずかながら少女が身を乗り出す。
興がそそられた――そんな仕草にみえる。
「なんなりと言うがいい。なんなりと叶えてみせるゆえ」
「んでは」
コホンと咳払い。
あーあーあー、と喉の調子を整えて。
服の袖を払う仕草をし、襟元をきゅっと正してから。
「神鳴沢セカイさん。俺と結婚してください」
と言った。
「…………」
少女の時間が止まった。
ぽかんと口を開け、瞬きもせず目を丸くしている。呼吸すら忘れたように。
一方のユウキは表情を変えない。こちらも瞬きせず、しかし呼吸は乱れず規則正しく。ただじっと返事を待っている。
暖炉の薪がぱちんと爆ぜる。
葉巻の先からぽろりと灰が落ちる。
窓の外の風雪がガラス戸をかたかた鳴らす。
「は」
どれほどの時間が経ったか。
やがて少女は視線を膝元に落とし、両手をぎゅっと握り、頬を染めて。
「はい。よろしくお願いします」
と言った。
†
――さあ。ラブコメを始めよう。
彼と彼女の、誰も文句のつけようがない愛の喜劇を。
第一章
以前こんなやりとりがあった。「ねえねえお兄さま。クイズをしませんか」
「クイズ?」
「はい。わたしたち兄妹の間にわだかまる、微妙な空気を振り払うための、可愛らしくて和やかなクイズです」
何ヶ月か前のとある日。
実家の庭園で、妹と話していた時だったとユウキは記憶している。
「そりゃ別にいいけど。俺らの間にわだかまる微妙な空気、ってのは何なんだ? 普通にいつも通りにしゃべってたよな俺たち?」
「では第一問!」
問いかけをスルーして、
「女の子がこの世でいちばん喜ぶことって、はてさてなんでしょーかっ?」
「はあ」
「なんでしょーかっ?」
「…………」
「なんでしょお―――――――かっ??」
妹の強引さはいつものことだ。
ジト目で聞き流すのをほどほどに切り上げ、ユウキはあごを撫でながら、
「うーんなんだろな。ていうかクイズのくせに質問が曖昧なんだよな……」
「はてさて何かな何かな~♪ 答えはいったい何でしょや~♪」
妙な節回しで歌って踊って催促してくる。
内心で吐息しながらユウキは諦めた。たまには妹の遊びに付き合うとしよう。
「じゃあ、甘いものを食べること、とか?」
「ぶぶー。ちがいます」
「可愛い服を着ておしゃれすること」
「ぶぶー。ちがいます」
「ものすごくたくさん褒めてもらうこと」
「ぶぶー。ちがいます」
「……いや、ちょっと無理くさくね? ていうか問題の出し方がやっぱおかしくね?」
「ちなみにあと一回答えを間違えると、罰としてわたしをひざの上で抱っこしてもらうことになります」
「なんでだよ。やだよ」
「残り十秒でーす。きゅーう、はーち、なーな……」
無情なカウントダウン。
呆れながらもユウキは考える。
彼女が好みそうな答えとなると、たとえば――
「じゃあ、好きな人からキスしてもらうこと? とか?」
「おしいッ!」
切なげに頭を抱え、身もだえる妹。
「ものすごくおしい! まさしくニアピン! お兄さまの答えと正解との差は、普通のお米ともち米の差に近いものがあります! いやーほんとにおしいですね!」
「それだけ近いなら正解にしてくれよ」
「だめです。個人的にはハナマルをあげたいところですが、今回はぴったんこじゃないと許してあげません」
いつから許す許さないの話になったんだ。
と呻きつつもユウキはさらに首をひねるが、
「ぶぶー! 残念、時間切れです! それではさっそくわたしにひざの上抱っこを」
「待て。せめて正解を言え。じゃないと納得できん」
「往生際が悪いですねえお兄さま。どれだけじたばたしようと、わたしを抱っこして頭を撫でてほっぺにキスすることはすでに決定して」
「さりげなくいろいろ増やすな。いーから早く」
「ふむん。仕方ありませんね」
妹は小鼻をふくらませ、
「正解はですね、じゃじゃじゃーん! 『好きな人からプロポーズされる』でした! どんどんぱふぱふー!」
「はあ」
「まったくお兄さまは朴念仁ですね。こんな簡単な問題もわからないなんて、わたしは妹として悲しいです。女の子の夢、女の子の永遠のあこがれといえば世の中にただひとつ、ステキな王子さまからプロポーズされることに決まってるじゃないですか」
「…………」
「そんな有様では、彼女とか恋人ができるのは遠い遠い先のことですよねっ。まあお兄さまの面倒はわたしが一生みるつもりなので問題なし――って、席を立ってどこへ行くんです!? まだ話は終わってませんよ!?」
……もちろん感謝はしているのだ。
彼女の明るさがなければ、桐島ユウキの人生はもっと暗いものになっていたはずである。ただでさえ彼は、物心つく前から捧げられた存在で、十何年にもわたって自分が生まれた意味を考え続ける人生を送ってきたのだから。
だけど思い当たる遠因があるとするなら。たぶん妹との謎クイズこそが、まさしくビンゴなのではあるまいか。
†
「……それで結婚を申し込んだのでございますか? 我が主に?」一ミリも動かない笑顔が怖かった。
東京二十四区の某所にある神の御寝所、その応接間にて。屋敷の一切を取り仕切るメイドさんの表情は、不届き者にお説教する間もぜんぜん変わらない。
「ええまあ」
冷や汗をかきながらユウキは頷く。「もちろんそれだけじゃないですが」
「それだけじゃないというと? 他にどんな?」
「つまりですね」
言葉を選びつつ、
「実はテンパってたんじゃないかな、と思うわけです」
「テンパっていた?」
「だってそうでしょ? 正直、今日ここへ来る時はすっごい緊張してたんですよ俺。もう十年も昔から自分のすべてを捧げなきゃいけない相手が決まっていて、だけど事前の情報はほとんど何も与えられてなくて――」
「その点はこちらに責任があると認めます」
メイドさんは頷き、
「我が主に関する情報をあなたに伝えず、事前の予告なしにここへお招きし、『お勤め』を始めていただいたのは事実。九十九機関が定めたルールに従ったゆえとはいえ、長年にわたりあなたに掛けられていた負担は想像に難くありません」
「ですよね? そうですよね?」
「その負担を考慮すれば、あなたがのっけから素っ頓狂でトンチキな行動に出るのも、十分に理解できる範囲です」
「まったくです。ルールだかなんだか知りませんが、もうちょっと何とかしてほしいっすよこっちとしては」
とは言ったものの、かなり強引に自分を正当化している自覚はある。
いくらテンパっていたとはいえ、初対面の相手にいきなり求婚はないだろう。しかも妹のせいであるように語りはしたけど、彼女は『好きな人からのプロポーズ』という前置きをちゃんとつけていたではないか。
「……で」
まあ過ぎたことは仕方がない。
気持ちを切り替えて、
「これから先の話なんですが。やっぱプロポーズはマズかったですよね? なんかもっと別のことを考えた方がいいですよね? ”願い事”に関しては」
「いいえ」
首を振るメイドさん。
「すべてを捧げる代わりに願いがひとつ叶う――これはあなたに認められた正当な権利。前言を撤回する必要はございません。というより撤回するのは不可能です」
「と、いいますと?」
「いちど口にした願いは覆すことができないからです。まあ貴方様も立派な殿方でございますし? 男なら二言はありませんよね? どうぞ我が主と末永くお幸せに」
メイドさんがにっこり微笑んだ。
ユウキもにっこり微笑み返した。いやいやマジか? 冗談だろ? とは思うけど、ちょっと待ってと言える空気ではない。
「まあとにかくですね」
話題を変える。
「正直なところ、ちょっとホッとしてたりもするんですよ俺」
「ホッとする? なぜ?」
「いやだってほら」
また言葉を選びながら、
「ここへ連れてこられる前はですね、もっときっつい感じなのかと思ってたんですよ。『神様のために俺のぜんぶを捧げて世界を救う』ってことは聞かされてましたけど、それ以外のことはほとんど前情報がないわけですし。なんかもっとやばい仕事が回ってきたりするのかと」
「やばい仕事、とおっしゃいますと?」
「んー。やっぱ命を賭けるような何かですかね? なにかと物騒なことを想像してましたから、いきなり血みどろで痛い思いをするのも覚悟してたんですが」
「我々にとってあなたは大切な人です」
にっこり微笑むメイドさん。
「貴方様の安全を保障するのが最優先。いきなりプロポーズして、その結果我が主が気を動転させて部屋に引きこもってしまったとしても、貴方様を拷問にかけたり殺害したりはしません。したいですけど」
「…………」
冷や汗が出てきた。
とはいえ嘘を言ってる様子もない。さしあたり今すぐ生き死にの話になることはなさそうで、それだけでも十分ありがたいと考えるべきか。
「ぼちぼちよろしいでしょう」
メイドさんが時計を見た。
「我が主も体制を整えた頃と存じます。よろしくお願い致します」
「……行くんですか? もう一度?」
「当然です。今度はしくじらぬようお願い致しますよ? 我が主の心を平らかに、安らかに保つのも貴方様の仕事です」
「ええわかってます。俺にやれることは精一杯やります。ただ……」
「ただ?」
「恥ずかしながら、今になってちょっとビビってまして。俺、あの子を怒らせたりしてませんよね?」
「どうでしょうか。なんとも申し上げかねます」
「すっごい怒らせてた場合、俺あの子に殺されたりしませんかね? なんせ神様なんですよねあの子って」
「その点はご心配なく」
メイドさんが太鼓判を押した。
本日いちばんの笑顔で。
「あなたはとっくに人の理を外れていますから。仮に死んだところでどうということはありませんよ」
†
……というやり取りがあったのが、ほんの数分前のこと。そして今、桐島ユウキはドアの前にいる。
神鳴沢セカイを名乗る神様がおわす部屋の前であり、何時間か前にユウキが人生初のプロポーズを、齢十六にしてやらかした場所だ。ノックをしようとする手が躊躇いがちになるのも無理はない。
(でもさ。確かに俺もどうかしてるけどさ)
と彼は思う。
(俺が放り込まれた状況だってどうかしてるんだよな。だったらおかしなことになるのも普通なんじゃね? 俺そんなに悪くなくね?)
そもそも訳が分からないのだ。
十年も前から予告されていた道筋ではあった。神への捧げものに選ばれ、神の従属物、もっといえば奴隷に等しい存在となることは、あらかじめ決定していた。その未来を受け入れていたし、それなりの覚悟も決めてきたつもりだ。
だけど事実は予測と異なっていた。
この世界をあまねく守護する神の御座所というから、どれほど神々しく仰々しい大御殿に連れていかれるかと思いきや。実際は東京某区の住宅街にある、古びて苔むしたボロ館に案内されて。
出迎えはずらりと居並ぶ強面のSPたちではなく、ユウキとそんなに歳も離れてなさそうなメイドさんひとりだけで。
やんごとなき御方とお目通りするのだから、お目通りが叶うまでは何かと手順を踏むことも多いだろうと思いきや、最低限の説明だけ受けてあとはぶっつけ本番だったり。
拍子抜けもいいところである。
その拍子抜けも、ユウキを奇行に走らせる一因になっているはずだ。たぶん。
(ま、言い訳しててもしょうがねーか)
楽な務めとは最初から思ってない。出たとこ勝負を強いられるけど、こうなったら腹を決めて前に進むしかないだろう。
(なるようになれ!)
深呼吸をして。
ノックをして。
間髪いれず、息を止めたまま中へ!
†
「初めまして。わたしが神だ」葉巻をくゆらせながらその少女は言った。
膝に乗せた本へ視線を落としたまま。桐島ユウキには目もくれずに。
「名を神鳴沢セカイという」
くちびるから紫煙を吐き、少女は本のページをめくる。
「知ってのとおり、今日から貴殿はわたしのものだ」
美しい少女だった。
それも現実離れして美しい。
銀色の髪に赤い瞳。纏っているのは超然たる空気。
これが桐島ユウキの”神”。
世界でただひとり、千年にもわたって世界を救い続けているという人外の存在。
桐島ユウキがこれから生け贄として捧げられる相手。
「気に入らなければ逃亡を図るもよし。いっそ自ら命を絶つのもいいだろう」
少女は冷笑して、
「ただしいずれの場合も、貴殿の一族郎党、九族にまで累が及ぶことを忘れぬよう。”捧げ物”としての役割は、九十九機関によって選ばれた貴殿にしか務められ――」
「……いやいやいやいや」
ようやくユウキは我に返った。
「ちょっと待て。待って」
しきりに首を振る。
指で目と目の間を揉みしだく。
「え、何? 俺の気のせい? ですか? なんかさっきと同じ展開のような気がするんですけど? ええとつまり?」
「…………」
セリフをさえぎられ、口を『れ』の形に開けたまま少女は固まる。
一秒、二秒――五秒――――十秒。
沈黙のまま、妙な空気のまま時間が流れて。
少女は咳払いをひとつして、ふたたび声を紡ぎ出す。
「初めまして。わたしが神――」
「だからそれはもういいって」
思わず素で突っ込んでしまった。
むぐ、と少女が口をつぐむ。
ふたたび沈黙が降りる。
かち、こち、かち、こち。壁時計が時を刻む音だけが部屋に響き、そのわずかな音さえもまた、降り積もった窓の外の雪が吸い込んでいく。
え、何なのこの状況?
とユウキは思う。
出たとこ勝負は覚悟してたけどこんな事態は想定してない。ていうかほんと何なのこの展開マジで。どうすりゃいいのよ?
なおもつづく沈黙。
あまりにも居たたまれない空気が充満しすぎて、これは一発ギャグでもかまして場をなごませた方がいいだろうか、とまで考え始めたその矢先。
「……ぅぅ」
少女が音を発した。
見れば、余裕しゃくしゃくの表情で葉巻をふかしていた彼女の顔が、みるみる朱色に染まっていくではないか。
だけでなく、ひざの上の本で顔を覆い、ハムスターか何かみたいに縮こまってしまった。「えーと……」
なんだろう。
なんだかとても悪いことをしてる気になってきた。
それにしても、これから自分のすべてを差し出そうとしている相手を前にしてこの状況は一体なんなのか。というか何この人? ひょっとしてアレか? 何食わぬ顔で初めからやり直そうとしたのが通じなくて、それで顔を赤くしてるのか?
「あー……もういっぺん、ドアから入り直しましょうか? 再チャレンジ的な感じで」
「……いい」
顔を覆ったまま、ふるふる首を振る少女。
ふたたび来襲する沈黙。
さて次はどうフォローしようかと思案し始めた時、
「貴殿が悪い」
本の上から少しだけ瞳をのぞかせて、少女がぼそっと呟いた。
「こんなはずではなかった。もっとこう、美しく、格好よく、最初の出会いは為されるはずだったのだ。一幅の絵巻物にも似た、優美で華麗きわまるやり取りを交わした後、貴殿はわたしに心から敬意を表し、永遠の誠実を誓い、そうして我々は記念すべき第一歩を踏み出すはずだったのだ。それなのに」
「は、はあ」
そうなのか?
というかそんなこと考えてたのか?
神様なのに? 千年生きてるのに?
「ずっと考えていたのだわたしは。何事も初めが肝心だから」
「考えてたって、何を……?」
「決まっている。セリフをだ」
「せ、せりふ?」
「貴殿がこの部屋に入ってきた後に、どんな流れになって、どんな会話を交わすか。すべて頭の中でシミュレーションしていた。どんな事態になっても対応できる自信があった」
訥々と少女は語る。
きょとん顔でユウキは聞く。
「事前の想定によれば、貴殿はもっと恐れ入り、かしこまるはずだった。わたしは神に等しい存在であり、主導権を握る側であり、貴殿はわたしにコントロールされる側のはずだった。なのに、なのに貴殿はっ」
「……えーと」
「貴殿が悪い。全面的に貴殿が悪い」
「いや、そう言いますけど……」
「貴殿が悪い」
「…………」
だんだん腹が立ってきた。
ただでさえ肩すかしを食らって気が抜けている場面である。今日一日ずっと、いや過去十数年にわたって溜まりに溜まり続けてきた鬱憤が、ユウキに要らぬ口を開かせる。
「そっちはそう言いますケド。アンタにもかなり責任あるんじゃないスかね?」
「――――っ!?」
いきなり変わったユウキの語調に、少女が面食らった様子を示す。
構わず続ける、
「俺だって訳のわからんままここに連れてこられて、訳のわからんままアンタの相手をさせられてんだ。その上『お前のせいだ』とか言われたって納得できるか。神だか何だか知らんけどさすがに勝手すぎるわ」
「……ぅ……ぬ」
「つーかこっちはいい迷惑なんだよ。だいたいなんで俺はここに連れてこられることになったんだ? 生け贄になるって、捧げ物になるってのは何なんだ? 何の決まりだ? 誰が決めたんだ? 具体的に俺は何すりゃいいんだ? そんなのすらロクに教えてくれねえ状況で何をどうしろってんだよ。あげくの果てに俺がぜんぶ悪いとか言われたって責任もてねーんだよざけんな」
「……ぅ……」
「つーか俺だけじゃなくて俺の家族も迷惑してんだ。今でこそ割となんとかなってるけど、昔は家族崩壊一歩手前、ていうかぶっちゃけ崩壊してたこともあったんだ。むしろ一発殴らせろ。そうでもしねえと収まりがつかねえ」
まくし立てた。
溜まりに溜まったわだかまりを背に、一切の手加減なし。ほとんど脊椎反射で肚の一物をぶちまけ、ほんの少しだけ溜飲が下がるのを覚えた次の瞬間、
「うっ、あぅ……うあああああ――」
泣かれた。
千年を生きる神が。
まるで童女のように泣きじゃくり始めたのだ。